月の消えた夜。星が頼りない光で廃墟を照らし出す。
クリーチャーが闊歩するこの街に、人が住むなんて思う人間は絶無だろう。
だが、確かに人は住んでいる。
廃墟をよく見れば、巧妙に隠された魔法光がそこら中に見える。
それらにはもちろん人がいて、人それぞれの営みを送っている。
クリーチャーを忌む魔導次元において、唯一クリーチャーと共存する街。
それがここだ。
廃墟の一つ、もともとはホテルだったんだろうか、そんなところに入る。
最近動きが悪いエレベーターのボタンをプッシュする。
…3階で止まった。何度押しても反応は帰ってこない。
ブラッドが直に直すだろうが、そろそろ刻限のオレには関係ないことだ。
「ああ、不運だ…」
あきらめて階段を上る…目指すは20階。
たとえ25歳だろうと、歳を嘆きたくなるに違いない。
少し息を切らせながら階段を登り切って、20階の廊下に出る。
ここのホテルは15階より上はスイートルームにしていて、無駄にだだっ広いスペースにちょんちょんと家具が配置されている。
いかんせん老朽化して倒壊秒読みのため、住居にする人間は少ないが。
階段を出て右の廊下を突き当りまで進むと、2012号室がある。
そこが、約束の場所だ。
ゆっくりとドアが開かれた。
入ってきたのは20代の青年。スーツをしっかりと着こなして、社会人が板についてきたところといった風貌。
だが靴だけは違う。革靴ではなく、装飾のあるスニーカーを履いている。
彼の名前はイーライ・ダーカー。
彼は怯えたように背を丸めている。原因は明白だ。
「5分遅刻よ?弁明はあるのかしら愚図。」
この部屋の家具は取り払われ、中央に円卓を一つ置くのみとなっている。
ドアから円卓の最奥に位置するところに、彼女が座っている。
ツインテールにまとめられた流れるような黄金の髪は、彼女の殺気を受けて逆立つように見える。
深紅の瞳は怒りと殺意に彩られて禍々しく光を跳ね返す。
腰に下げられた鞘のない漆黒の長剣は、彼女の得物。
グライス・アルト。それが彼女の名前だ。
「何も言わないってことは、認めるってことね?」
「何か言ったところで、言い訳無用で斬りかかるだろオマエ。」
どうしてか彼は彼女に挑発的な物言いをする。あんなにおびえているのに不思議でならない。
即座に怒りが頂点に達したのか、目を吊り上げたグライスはすぐさま腰の長剣を抜き放つ。
長剣は見かけは円卓の半分にも届かないリーチであり、とてもドアの前に立つイーライには届かないように見える。
しかし、それは違う。
抜き放った瞬間に刀身が節に分かれ、間をつなぐ鎖が遠心力を受け凄まじい勢いで伸びる。
瞬間的にイーライまでのリーチを確保した鎖剣は、イーライを絡めとって円卓にしたたかに打ち付けた。
「ぐふぉっ…」
「凡人には体で分からせるのが一番よ。」
彼女が柄をわずかにひねると、鎖が凄まじい勢いで巻き取られ直剣に戻る。
彼女が剣を腰に戻したので、恐らく今の一撃である程度は収まったのだろう。
「座りなさい。さっさと始めるわよ。」
「はいはい…ぇほっ…」
イーライは渋々といった感じでグライスの対面に座った。
「今回の任務はハーベスト側が新たに建造したクリーチャー研究所の破壊よ。オーレア。」
私の左に座るアルビノの女に話しかける。こいつは優秀なのだけれど、いかんせん感情が読みづらい。
天才の私でさえ、時折機械なのではないかと疑うレベルだ。
「了解。立地はハーベストから北に30キロ。」
「相当遠いな。」
「黒き森の前線にかなり近い。研究対象の収集効率のためと予想できる。」
研究所の外観は、今まで潰してきた他の研究所と大差はない。
アマリリスとしては大規模だけれど、無いわけじゃない任務だ。
「送迎の心配はしなくていい。ただし、支援は突入まで。撤退は各自。」
「トト様が撤退のフォローしてないって言うの?」
「突入支援部隊は陽動も兼ねる。それで十分との判断。」
なるほど。確かに私たちなら、陽動を受けた敵の間をすり抜けるのは難しい事じゃない。
いざとなれば、円卓に張り付くあの愚図を盾にしてやればいいし。
「目標はなんですかーってね…」
「目標は研究チーム5名の『処理』。」
「顔と名前は?」
「これ。研究所の見取り図もある。」
オーレアが並べた5人の顔と、研究所の見取りを覚える。
「こいつらは何したの?」
「クリーチャーの脳を操作して強制的に従わせる装置の開発責任者。脳に埋め込むプロトタイプの完成が間近。」
「なるほどね。作戦は?」
「対象研究所のエリアセキュリティは強固。それを利用して、施設全体をロックダウンする。」
「職員用の脱出口とか、あるんじゃないか…?」
「研究室の脱出口は施設ロックダウンの最低3分後に利用可能になる。それまでは逃げられない。」
「ロックダウンした後の結界隔壁の突破は?」
「開放コードがパターン化されている。私なら5秒もいらない。」
「作戦時刻はいくらですかいっと…」
「突入支援班の陽動時間が10分。回収班は30分。それまでに片をつけなければ取り残される。」
「十分ね。いつかしら?」
「明後日24時。」
「じゃ、それまでに現地集合よ。今度遅れたらアンタだけ突入させるから。解散。」
愚図に釘を刺して、その場を解散させる。
作戦内容はさすがトト様というべきか、各員の能力が十分に考えられた内容だった。
私たちは与えられた舞台で、完璧に踊り切ればいい。
作戦当日。研究所から1キロ地点。
黒き森のある地点に、9人の人間が集まった。
突入支援班の6人と、俺達3人。
「期待している。」
「任せておきなさい。陽動は5分でも十分だけどね。」
「ケッ、後で泣きついてくんじゃねーぞ。」
「個人的には、アンタたちが10分も陽動できるのかが不安だけれど?」
「んだとぉ!ガキが調子に…!」
「待て。喧嘩はやめろ…悪いな。」
「アンタが謝る必要はないわ。」
…正直、グライスをガキだとか、ひ弱な少女とか思ってるうちは、ナーブにはなれないだろうな。
「そろそろ作戦時間。」
オーレアの呼びかけに、全員が気を引き締める。
「行くぞ。」
突入支援部隊隊長の大柄の男の一声で、6人が研究所の正門に向かう。
オレ達は裏口からそのまま侵入するために、こそこそと裏に向かう。
始まった。
盛大な爆発音と、大規模な魔法戦の反応。
警備員たちが突入支援班に釘付けになっているのがよくわかる。
「邪魔よ。」
裏口には鍵がかかっているものの、魔法的な防御は施されていない。
グライスが鎖剣を一振りするだけで、扉はあっけなく千切れ飛んだ。
「先導しなさい。」
「はいはいわかってますよーっと…」
イーライを先頭に、警備を統括している二階中央までを一気に駆け抜ける。
「誰だ!?」
「はいはいどいてー。」
時折邪魔な職員を蹴りで昏倒させながら、大した邪魔もなく部屋にたどり着く。
さすがに警備室のドアは結界で補強されている。発動体で破壊は難しい。
だからこそ、私がいる。
コンソールにオーレアがクラッキングをかける。
「侵入者だ!あっちにいるぞ!」
どうやら勇敢な職員がいたらしい。職員が警備員を連れてこっちに来ている。
「何をしている!今すぐ発動体を置いて両手を上に!」
警備員はそんなことを言っているが、すでに杖を構えて魔法の準備をしている。
はなっからこちらが投降するなんて思ってないんだろう。賢い選択といえる。
「イーライ!」
「あいあいさーっとね…」
警備員は杖から魔法を放つ。アドバンスドフレアの火球が私たちに迫る。
が、イーライはそれを素早い蹴りで打ち上げて弾いた。
靴の装飾は羽根を広げて、すでに魔法陣をいくつか展開し始めている。
「足止めしておきなさい!」
「わぁーってるよ!」
「開放までカウント3。準備を。」
オーレアの声に応じるように鎖剣を振るう。制圧はすばやく、確実に。
振るった鎖剣が黒く輝き始めるのを見て、オーレアがカウントを始める。
「3、2、1、今。」
ドアの結界が解除され、オーレアが仕込んだであろう魔法によって内側に吹き飛ぶ。
ドアを正面からの盾にしながら、仕込んだ魔法セカンダリーオブザダフトプリズンを解放。
オーラのように漆黒のマナを纏って、鎖剣を振るう。
右の男の変身ブレスレットを上から叩き割り、返す手で胴体を絡めとる。
そのまま左の女を薙ぎ払い、トランペットの発動体を破壊する。
二人は一塊になって吹き飛び、壁に叩きつけられて動かなくなる。
すぐさま正面を確認。ドアの下敷きになった人間は、それでも小銃をこちらに向けようとしている。
小銃を鎖剣ではぎとってからドアを全力で踏みつけると、そいつも動かなくなった。
「オーレア!」
「感謝する。」
私の声にすぐに反応してオーレアが飛び込み、即座にセキュリティコンソールにデバイスを接続する。
まもなく施設全体が消灯し、警告灯が盛大に赤色光を撒き散らす。
隔壁の封鎖音を聞きながら、私たちはすぐにその部屋を飛び出した。
「早くしなさい愚図!」
「いちいち言うなわかってる!」
後方からの追撃をイーライが適宜跳ね返しながら、私たちは最上階の研究室に向かっている。
「まだなのか!」
「これで最後!」
研究室前の廊下、最後の隔壁に干渉し、セキュリティコンソールから得た情報から開放コードを予測して即座に打ち込む。
一発で隔壁が緊急開放され、鉄の塊が一瞬で跳ね上がって道を作り出す。
「右3つめのドア!」
「よくやったわ!」
グライスが凄まじい勢いで研究室に突入する。
私の役割は、グライスが始末をつけるまでの足止めに変わった。
「さて…」
私は研究室を一睨みして、目標を確認する。部屋には7人。
目標が五人。部屋の隅に固まって縮こまっている。そして、おそらくは上級の警備員が二人、守るように5人を囲んでいる。
一人は二丁拳銃の女。もう一人は刃のついた盾を持った男。
「死にたくないなら、そこの二人は逃げなさい。」
「断る。」
「そ。逃げる判断も出来ない愚か者ってことね。」
二人は反応せず、接近で以って私に応える。
私は鎖剣を素早く振るい、拳銃の女を薙ぎ払う。
盾を持った男が素早く割って入り、それを受け止める。
女が拳銃を素早く撃ち込んでくる。
それらを鎖剣の節で受け止めて、私は盾を持った男を滅多打ちにする。
節を自由に操作できる鞭という特性を最大限に活かした、変幻の七連撃。
盾男はそれを傷つきながらも受けきる。
女は焦ったようにリロードし、盾男に弾丸を撃ち込む。
回復なのだろうが、それは甘い。
鎖剣を引き戻し、七連撃に仕込んだセカンダリーオブザダフトプリズンを発動。
そしてとっておきも発動する。
鎖剣に漆黒のマナが集まり、節の間を埋めて融合していく。
長剣となった剣を軽く肩に乗せて、両手で保持しながら突撃。
女が弾丸を撃ち込んでくるけど、私の纏ったオーラがそれをはじき返す。
盾の男は魔法を発動しようと構えるけど、それはあまりにも無駄だった。
私は男の正面から大上段で剣を振り下ろす。
『神の最終審判』が、男の盾を真っ二つに割る。
左回転しながら男の右脇を全力で蹴り飛ばし、女に剣を叩きつけるように薙ぎ払う。
拳銃は粉砕され、女は窓から吹き飛んで夜闇に消えていった。
「ぎゃあああああぁぁっ!!!」
叫び声に追撃者の行動が一瞬固まる。
研究室の中の事が済んだと判断したオレはオーレアに声をかける。
「先に入れ!」
「了解!」
オーレアが研究室のドアに転がり込み、オレには魔法弾がわんさかと飛んでくる。
「多いぞこんのっ!」
左足を軸に、右足で蹴り飛ばしていると、不意に体が重くなる。
まずい。こいつは衰弱だ。
杖共が大技を詠唱している。
弾ききれないか
そう思った瞬間、体に何かが巻き付いて一瞬で引きずり込まれた。
気が付いたら、目の前にはグライス。
さっきまでいた廊下は真っ赤な焔が埋め尽くしている。
「何してるのよ愚図!さっさと脱出するわよ!」
「いや、目処は立ってんのか?」
「窓が吹き飛んでる。すぐにでもいける。」
「10階だぞ、飛び降りろってか?」
「ええそうよ、アンタの魔法ならいけるでしょ?」
ああくそ、そうだろうと思った。
「早くしなさい!」
「わかったよクソっ!」
破壊された窓を飛び出す。
グライスとオーレアが続いて、オレの体にしがみつく。
発動体にありったけのマナを込めてやる…が。
「落ちてるわよ愚図!」
「うるせぇ定員オーバーだ!」
オレのマナだけでは足りない、落下が始める。
あわや地面に激突か、切り札にマナを込めようとしたところで。
「ディレクト起動!」
オーレアがディレクトオブオーバーロードを撃ってくれたようだ。
靴裏の魔法陣が倍に増え、一気に浮力を取りもどす。
地面ギリギリのところで、オレたちはどうにか停止した。
信号弾を上空に放ち、突入支援班に作戦の終了を知らせる。
「作戦終了。作戦時間は6分ちょうど。」
「ちっ、5分に抑えたかったわね。」
「あれは大言壮語だっただろ。」
「ふん。別に陽動がなくたっていけたわよ。」
「いやいやそれはいくらなんでもないぞ。オレを使い潰す気か。」
「アンタの代わりはいくらでもいるわよ愚図。」
「……もうちっと感謝してくれていいだろうに…」
あとは撤収するだけだ。信号弾に反応して、回収班も飛んでくるだろう。
月の消えた夜。森の夜闇に、3人が消えていく。
混沌と悲劇を残して。
