ある夜。日の落ちた学園にはある程度の光はあるものの、その数は現代の都市部とは比べるまでもない。
多くの教室が沈黙の闇に満ちる中、ある教室には窓から三日月のわずかな光が差し込み、闇と拮抗している。
そんな教室内の沈黙は、ドアの開閉音によって破られた。
闇から光へと動き、月の輝きにその姿をさらす。
白を基調にした衣服、銀の短髪、そして月の光を紅く染めるように反射する、紅玉の双眸。
人の形を模した者、クオリアはわずかに目を輝かせ、その紅の輝きを発散させる。
瞬く間に教室内にマナが行き届き、電燈が教室の闇を駆逐した。
「相変わらずだな。どうやって無行動でマナを精製してるんだ?」
ほぼ同時に教室の扉がまた開く。クオリアは振り向く。
そこには男がいた。黒髪に金眼、スーツに白衣、ポケットに拳銃。
どれもこれも奇異に見えるのに、人ごみの中で見失いそうな存在感を放つ男だ。
名を、オスカー・レイフィールドという。
「私はあなたたちとは違う。それだけ。」
私は彼の質問に端的かつ正確に答えた。これを説明するのは面倒であり、説明したところで人間には不可能だ。
「そうか。」
彼は興味なさそうに返答し、適当な椅子に座る。
私は彼の対面に座り、無言で待つ。
彼もやはり無言で、そう長くもない時を待っている。
待ち合わせから2分ほど遅れたころに、彼女はやってきた。
ドアを開ける所作にすら優雅さを感じさせる挙動は、明らかに一般人ではない。
流れるような金髪をツインテールにし、そのただ歩く態度からも自信と意志が溢れるように感じられる。
彼女の名前はレイル・キスト。
「2分遅刻。」
「端紙一つで呼び出せる間柄なら、遅刻とは言えないでしょ。」
彼女はこの中では1番時間にルーズではあるが、この二人が時間を必ず守るので相対的に時間を守らないように見えるだけである。
「そんな仲だとしても、守るべき礼儀はある。」
「アンタたち遅刻も許さないほど神経質じゃないでしょ。」
「そうだな。」
彼女はオスカーの隣に座る。
「説明を始める。」
私は黒き森の地図を広げ、HSNからの説明を端的に話す。
「目標は賞金首クリーチャー『赤毛の狂人狼』の討伐。目標は過去にクリーチャーハントチームを2度壊滅させ、今も断続的に出没して被害を発生させている。」
「そこまでされて特対が動いてないのはどうしてよ?」
「タイミングが悪い。特対の手が回せないタイミングで出没している。」
「たまにある話ね…あてもなく探せはしないわよ。」
「これまでの戦闘と出没情報から、対象の大まかな行動範囲が絞れている。作戦はこう。」
私は黒き森の地図に点々とバツを付けていく。
「この位置に罠を張り逃げられないように追い込む。そして討伐する。」
「…ずいぶん狭くないかしら?」
「それだけ予測が正確ということ。」
「…罠は何を使う?」
「HSN側から提供されている。これ。」
私はHSNから提供された罠を取りだす。ポケットに入る程度に小型でありながら、効果範囲に入ったものは強力な麻痺を受けて動けなくなる最新型の罠だ。
「うわ、これ特対でも最近導入されたばかりの新型じゃない。」
「特対も問題視している。私たちが失敗した場合、恐らくは討伐作戦が発令される。」
「依頼の期限はいつだ。」
「周辺地域を三日間立ち入り禁止にしている。その間に。」
「なら、すぐにでも行きましょう。」
私は地図を畳んでしまい、二人に罠を配布して、窓から黒き森に向かって飛ぶ。
二人も私に続いて飛び、夜空に三人のシルエットが消えていった。
二人と別れて、罠を張っている最中だ。
罠はかなり簡単に設置ができる。ボタンを押して地面に据えるだけ。
対象はあらかじめプログラミングされており、対象だけに罠の効果を発揮させられるらしい。
設置を半分ほど終えたタイミングだった。
ギャオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!
咆哮、おそらく戦闘中、方向はレイル担当位置。
素早く状況を確認した私は、即座に罠の設置を中断してレイルの方向に向かった。
この状況は、想定外ではない。
「こっ、いつっ…!」
罠を張るために分散するタイミングでの襲撃。なるほど二度チームを壊滅させただけある。
血のように真っ赤な毛の人狼が、凄まじい膂力で爪を振るう。
受け流すなどという選択肢はない。転がるように後ろに逃げ、狂爪をギリギリで回避する。
「くっそ、早くしなさいよ…!」
クオリアの作戦を見る限り、恐らくこれは想定内でもあるのだろう。
不自然に狭いエリアを三分割しているので三人は見かけ上分散しているが、襲われてから駆けつけるのが間に合う程度には密集している。
つまり私は貧乏くじを引いたものとして、しばらく耐えなければならないのだけれど…
「こいつ賢いわねっ!」
設置した罠に嵌めて一発食らわせてやろうとしたのだが、この赤毛は私の設置した罠の位置を見極めしっかりと回避してくる。
おまけに私を罠から引き離そうともしてくるもんだから厄介極まりない。凄まじい猛攻に私は防戦…というかほぼ逃走していた。
ギャオオオオオオオオオオオオッッ!!!!
ヤツが吠えると、黒の混じる、まがまがしい炎で魔法陣が形成された。あれは
「まさかっスカーレッ 」
狂爪は、無慈悲に振り下ろされた。
閃光、爆音、衝撃。それ以外の何もかもを蹂躙する爆発に、私も蹂躙される。
気が付いたときには、木に背を預けるように全身を投げ出していた。
まずい、速く離れないと。頭は的確に判断を下すが、体は愚鈍で、叩きつけてやりたくなるほど言うことを聞かない。
凄まじい跳躍から、ヤツが一気に私に爪を叩きつけてくる
間に合わない。そう判断した私は、一瞬で切り札を切る判断を下す。
「ルインズ・ウイングシステム起動。」
たった一言で綴られたそれは、一瞬にして背から姿を現す。
それは翼。空を飛ぶためのはずのモノ。
しかしこれは違う。翼を模したこの鉄と蒸気と歯車の集合体は、モノを、ヒトを、ソラを引き裂くためのモノ。
だからこそ、『破滅の翼』
「行け。」
私一人で起動していられる時間は少ない。コレは、自らさえも引き裂く。
今引き裂くべきなのは、人狼の攻撃。
たった一言の命令を、破滅の翼は光に近似する速度で遂行する。
人狼とレイルの間に入り、即座に鉄の羽根を広く展開。
結果、人狼の魔法は引き裂かれ、爪が空しく鉄を擦り上げる。
「起動終了…ぐっ…」
攻撃の無力化を確認した後はすぐさまシステムをシャットダウン。
しかし、少し展開し過ぎたらしい。無力化した魔法の代償とともに、フィードバックが私を蝕む。
「クオリア!そっち行ったわよ!」
魔法での飛行もできなくなり地面に着地した私に、人狼が凄まじい速度で到達する。
「右よクオリアッ!」
レイルの声にすぐさま右に飛び込む。爪は私の左肩をかすめていった。
体勢を立て直して人狼を視認する。速い 恐らくは、4撃目で捕えられる。
二撃目、右からの突き。半身になって回避。
三撃目、そのまま左に薙ぎ払われる。かがんで回避。
四撃目、左からのアッパー、回避不能
躊躇なく飛び込んだ。
爪が食い込む。拳銃が軋む。肺から空気をたたき出される。
俺はクオリアと一緒に吹き飛んだ。運悪く木に叩きつけられ、後ろからうめく声が聞こえる。
「オスカークオリア!」
「さっさとしろ!」
レイルを一喝する。こういう時、味方を気にするのはあいつの悪い癖と言える。
拳銃は1撃で分解寸前だ。もう食らえない。
「こっち向きなさい!」
レイルが果敢に斬りかかる。その隙に俺は拳銃に弾倉を込める。
あの流麗な7連撃はレイルの十八番だろう。つまり 俺が戦えなくなっても、レイルがケリをつける。
連撃に込めたマナから危機を悟ったのだろうか、奴はレイルを狙い始めた。なるほど敏い。2度チームを壊滅させたわけだ。
リロードしながらレイルの横まで移動した俺は、わざと奴の攻撃範囲内に身を置く。
奴はちょうどいいと俺ごと攻撃してきた…所詮は獣だったわけだ。
セミでロックされていたセレクターを動かし、三点バーストにする。
そしてレイルをかばうように移動し、弾倉を素早く撃ち尽くす。
弾丸は込められたマナで表面に刻印された魔法陣を起動。即座に15枚の積層魔法陣壁が展開される。
狂爪は半分ほどを断ち割ったが、それ以上は力を失って受け止められた。
終わりだ。そう思った瞬間だった。
「大魔法検知!イマジナリーウイング!」
クオリアが叫ぶ。奴はもう目の前にいない。
殺気を感じて振り向けば奴はいた。背から不相応な白い羽根を広げ、月にシルエットを残している。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!
満たされる力に喜悦するような、苦悶するような叫び。
真っ白な羽根を汚すように、血のような炎が滴り、三つの魔法陣を描いた。
俺はそれをすぐに判別する。脇の二つはスカーレットコスモス。そして一際大きな中央の魔法陣。
あれこそカーディナルコスモス。汚れた炎で書き上げられたそれは、命を呑み込む災禍の焔となってすべてを焼き尽くす。
もはや猶予はない。爪を振るえば、俺達はすぐさま消し炭になる。傷ついた発動体では1秒と持たない。
だからこそ、今が切り時だ。
空の、黒の弾倉を捨て、湧いて出てきた弾倉を装填する。それは銀一色。
即座に奴に向けてすべて撃ち尽くす。弾倉に見合わない量の『魔殺の弾丸』が、流星となって夜空を飛び、
そして、炸裂する。光と闇の魔法陣を、虹の、一際大きな魔法陣が覆い包む。
奴が爪を振るう。引き裂かれた魔法陣から、汚れた流星が降り注ぐ。
だが、俺たちを覆った魔法陣の天蓋は、傷つくことさえなかった
「マナ注入。ディレクトオブオーバーロード起動。」
魔法陣の天蓋を見つめながら、クオリアが魔法を発動する。
私たちの体を闇が覆い、そして破裂する。魔法の力はマナを重力のように引き寄せ、私たちを強化した。
「行ってこい。レイル。」
役目を終え消えゆく天蓋を見つめながら、オスカーが私に言う。
「ええ。もちろんよ。」
二人の期待を身に受けながら、私はこの細剣に祈りを込めた。
どうか、力を
細剣に黄金に光るマナが集まり、融合し、新たな形を成す。
それは黄金の刀身の長剣。武骨で、飾り気の一切ない、この剣の真の姿。『伝家の宝刀』。
それは私に似合いそうで、似合わない。私の手に馴染みそうで、馴染まない。
私には、やっぱりあの細剣なのだ。
でも今は、この力で 敵を斬る。
腕を上げ、剣先をヤツに向けて構える。東洋では、霞の構え、なんて言ったっけ。
そのまま一気にマナをかき集め、練り上げる。
爆発的なマナの奔流が、虹色のオーラとなって私の体に纏わりつく。
そして、見る見るうちに黄金へと色を変えていく。
私はその黄金のマナを纏いながら、ヤツに向かって一直線に跳ぶ。
オーラは軌跡となって消えゆく天蓋を切り裂き、満天の夜空に黄金の一直線を描く。
そしてそのまま、翼を失い落ちゆく人狼に激突する!
「おおおおおっ!!」
ガアアアアアアアアアッ!!!!
人狼はその爪で私の切っ先を受け止め、拮抗する。
だが練り上げたマナの威力は強大だ。このまま押し切れる!
その瞬間だった。人狼の眼が怪しく輝き、刹那に歯車がかみ合う音が響く。
瞬間、長剣がマナを失い、一瞬にして細剣に戻ってしまう。
『哲人王の眼』と『機械仕掛けの神』だ。
ギャオオオオオオオッ!!
力を失い落ちていく私に、人狼が反撃とばかりに爪を振り下ろす。
でもッ!
「それくらい、何だってのよ!!」
私は空中で、細剣を月に突き付ける。
『ハーベストムーン』は一瞬黄金に変わり、閃光のように夜空を照らし出す。
ギャアッ!?
目くらましになった月の光を受け、攻撃をやめた人狼。
一人と一体が、地に到達する。
人狼は恐らくは匂いでこちらを感知し、視界を失いながらも突撃してくる。
でも、それは無謀ってやつね。なんせ、私の黄金は復活してるもの!
細剣をいつも通りに構えて、突撃する。
激突の数秒前に収束したマナが練り上げられ、黄金が爆発的に膨れ上がる。
その勢いを得て、剣先を一気に突き出して突進ッ !!!
黄金の爆発が、俺達の勝利を知らせた。
「一瞬ヒヤッとした。」
「そうか。」
クオリアの髪がいつの間にか伸びていた。おそらく、レイルが失敗した時の保険としてフォルムチェンジしていたんだろう。
「あなたは、どうして動じなかったの?」
「…あいつは、負けないからだ。」
自明の質問に自明の回答を返して歩き出す。
狩りの成功と、勝者を迎えるために。

