剣戟。
鎖が伸び切りたわむ音。鞭のような風切り音。
鉄と鉄が削り合い、音を上げる。
紙を挟む余地すらない一瞬の判断。
踏み込んで ッ!?
右に転がる。さっきまで頭があったところを、くを幅広にしたみたいな鉄片が刺し貫く。
それには鎖が一本ついていて、目の前の相手が柄をわずかにひねると、じゃらじゃらという音も一瞬に柄に戻った。
蛇腹剣、それがヤツの得物。
「もうおしまいかしら?この程度なの?啖呵切って飛び出してきたくせに、逃げ回ってばっかりね?」
「ハン、こちとらスロースターターなのよ。本番はこれからよ。」
なぜかこいつとは相容れない感覚がする。何かが決定的にずれていて、それが私とヤツを決定的に『割っている』。
「才能のない、愚鈍な弱者はそうやって自らの無能を誤魔化すわね。」
「なら、そんな無能な私に一太刀も与えられていないアンタは私以上の無能だと思わない?」
同じ金髪、同じ背、同じ体形、同じ目つき、同じ髪の結わえ方…きっとヤツも、私と同じ人生を送ってきたはず。
「力量差も分からないほど愚かなの?まぁ、そうでなきゃ私には挑まない、か。」
「なに勝手に納得してくれてんのよ。油断してると足掬うわよ?」
でも、それは何処かで決定的に『割れて』しまった。だからこそ、私とヤツには差異がある。
黄金の細剣と黒血の鎖剣、剣の構え、振り、深紅と群青の瞳。
「今まで無様を晒しておいて、まだホラを吹けるの?羨ましいわよ?その厚顔さ。」
「私からすれば、アンタの方が余程厚顔に思えるけれどね。」
そして何より、その、才に溺れ、胡坐をかいて、世界のすべてを獲ったつもりでいるその態度。
私が唯一愚かだと断じる、『かつての私』ッ!!!
「私が厚顔だと?教養もない馬鹿はこれだから…」
「その感じだと、すぐに証明出来るわよ。」
ゆっくりと、いつも通りの構えを取る。あの時から少しだけ変わった構え。何度も何度も繰り返して、無駄を削ぎ落したせいで。
「へぇ?一応聞いておくわ、何が?」
「どっちがバカかってことよっ!!!」
一気にマナを爆発させる。最初は虹のような6色のマナが、次第に黄金の輝きに転化されていく。
今までの剣戟の中で、すでに切り札は発動してあった。だけれど、ヤツも
「読んでいたわよ、その魔法。」
ヤツからもマナが噴き出す。虹に輝くマナ達。でもそれらは次第に、穢れた漆黒に変わっていく。
「読んでたなら、どうして止めなかったのよ?」
「全力で殴りたい気分だったのよ。アンタが何したって、私には無駄だし。」
「へぇ…その選択、後悔するわよ!」
黄金の輝きを剣に、身にまとって突っ込む。対するは漆黒。穢れた黒が、輝きを呑み込もうと広がる。
そして、やはり紙すら挟めぬ一瞬に。
後ろで盛大な剣戟が聞こえる。音は、しばらく止みそうもない。
俺には、あの中に割って入る資格はない。覚悟も、その意思もなく…何より、邪魔になってしまう。
だから、待っている。
来る。あの男が。俺と似た、しかし違う形の影の、あの男が来る。
茂みが騒めいた刹那に、右から一瞬で距離を詰められる。
2メートルほど。もはや拳銃の距離ではなく、羽付き靴を発動体とする奴の得意距離だ。
だが、それは現実世界での話でしかない。
右からの回し蹴りに、素早く銃弾を放つ。銃弾は銃身から抜け出た一瞬のうちに、魔法を発動する。
かくして、蹴りは魔法陣に受け止められた。奴は素早く距離を取る。
追撃を選ばなかった。そして、自身にも相手にも変調がない。これはつまり、二の手を持っていない…防御型ということだ。
「そこ、通してもらえないか。」
「ダメだ。」
「絶対に?言っておくが、あの娘が大事な人とかなら、通した方がいいぞ?」
「なぜだ?」
「アレは強いし、何よりあの感じだと、勝ったら殺しちまう。」
「なら問題ない。」
「…?」
「アレは負けん。必ず勝つ。」
「…そうかい。」
「そうだ。だから通さん。邪魔はさせん。」
魔法陣を展開しながら、素早く敵の姿を探す。見えない。どこ。感じる、真後ろ!
素早く斜め前に前転して、敵の、黒紫のマナで編まれた鎌を回避する。その姿をとらえつつ、魔法陣から魔法を…
っく、見えなくなった。魔法は何もない地面をえぐって、燃やし尽くす。おそらくは、不可知。
「厄介な…」
「死を恐れる愚かな生命に、この姿は見えません、死神が姿なく命を導いていたように。」
敵は闇属性の魔術に特化した模造品だ。各種バフの付与に苦労することはないだろう。
対してこちらは火属性、火力に特化しているが、からめ手には弱い。
「死神の鎌から逃れる幸運、いつまで保つでしょうか…?」
「姿が見えれば、今すぐにでも焼けるのに…!」
周囲を、漆黒の帳が覆い隠す。敵のマナだ。
その中で輝くのは4つ、私の紅玉紋と敵の黒曜玉紋。
深紅の輝きは恒星のように中心にとどまり、その周囲を惑星のように黒紫の輝きが廻っている。
「くそ…!」
「なぜ、死を拒むのです?死は安寧、救済である。そのことを、あなたの父も認めたでしょう?」
違う!確かに父さんは、あなたの前ではそれを認めたかもしれない。でも、それでも…
「私が証明できる!死は救いなどではない!」
「生から逃れる、根本的かつ効果的な、唯一の方法です、これを救いと呼ばない理由はないでしょう。」
確かにそうかもしれない!それでも…!
「生きることが、それだけで重荷になることなんてない!」
「あなたは見てきたはずです。生きることが重荷であるものたちを。それらの前でも、同じように戯言を?」
それでも…!!
「生きていれば、変化は必ず訪れる!生きることが、重荷にならなくなる時だって!」
「人生を苦難の中で終えた者たちに、同じように聞かせてやれるのですか?それを。」
それでも…!!!
「それでもっ!私がいる!人生を、苦難の中で終え、死という地獄から救われた私が!何よりの証明だ!!!」
「では、あなたには説かなければなりません。死の安寧を!死の救済を!!死の慈悲を!!!」
黒紫のマナで編まれた魔法陣が、私を取り囲む。
立ちはだかるのは、深紅のマナで編まれた魔法陣。
そして、黒と赤の閃光が放たれる。
