ハーベストの体育館は複雑怪奇だ。ハーベストにはなぜかちゃんと体育の授業があるため、普通の体育館がある。
…のだが、様々な魔法使いの卵が集うこのハーベストでは、魔法を身にまとって肉弾戦をする武闘派な者たちも珍しくない。
そういう者たちのために、体育館には様々な部屋が、まるでタコ配線のようにつながっているのだ。
特に更衣室から先はひどい。組手場にシミュレーター、精神統一のための和室(!?)まで、これらが学部ごとに2,3部屋ずつ併設されてるのだからもう大変。
かくいう私も二度迷った。1度目は入学してすぐ、この構造が理解できずに間違って変身学部の授業を受けかけた。
そして2度目は、私が魔剣学科に転科したとき、新しく併設された魔剣学科のシミュレーターの位置がわからずに迷ったのだ。
その時は散々迷ったので、次の授業に遅刻しかけたのだが…今はもう、そんなことにはならない。
放課後。予定のない私は早々に体育館に行く。遅れるとたまに部屋が埋まるので、個人的な用事は出来る限り昼休みかそうでなければ素早く終わらせる。
移動後、女子更衣室を抜けると、左右にずらっと扉が並ぶ廊下に出る。
まっすぐに新しめの右奥の扉に向かう。中にはまた扉廊下。
今度は手前の左の扉を開ける。中にはまた廊下だが、扉は左側にしかなく、右側には自販機とベンチが設置してあった。
ここがシミュレーター室前の廊下だ。手前の1号室は使われているようなので、二号室を使おう。
二号室に入ると、先客がいた。黒髪。見慣れた白衣。妙に頼りない背中。腰のポケットに雑に突っ込まれてる拳銃は、彼を押しのけるほど鈍く光を反射している。
「相変わらずね、オスカー。やることないの?」
「無いからいるんだ。」
この不愛想な男はオスカー・レイフィールド。不愛想というよりは無気力の方が似合うか。面倒事は避けて、いつも通りを遵守する男。
私からするとあまり気に入らない部類の性格だけれど…でも、惹かれる。興味がある。
この男は、かつてはもっと人らしい生き方をしていたんじゃないのか…そう、思う。理由はないけど。
「そ。私が戦うところ、見てて楽しいの?」
「暇つぶしにはなる。」
彼には私は興味の対象に見えるらしい。どう見えていようと、正直どうでもいいけれど…
シミュレーター室の扉の魔法陣にマナを流す。扉のロックとシミュレーターの起動のために、ゆっくりと部屋の明かりが消えていく。
シミュレーターが完全に起動するまでは暇なので、スマホでHSNに接続して、めぼしい依頼がないかを探す。
…今日はそこまで惹かれる依頼はなかった。そのうちにシミュレーターが起動する。
『シミュレーター』などと未来的な名前がついているが、実際は魔法で動く木人形と実戦形式で戦闘するだけだ。
一応周囲の環境を変える機能もあるが、正直魔法戦にはあまりかかわらないので死に機能といえる。
壁のスライドを操作する。スライド近くにはメモリがあり、強さの調節ができる。
ちなみになぜか上限を超えて上げることもできる。基本的に意味はないが、たまに学長が出てきてボコられるので、しないほうが無難である。
まずは停止状態で木人形を呼び出す。部屋の中央に直立した状態で、木人形が転送されてきた。
私は木人形の正面に相対して、腰の剣を抜き放つ。剣身まで黄金に輝く、私の剣。
柄や鍔まで金の細工で彩られた、私的にはちょっとけばけばしさすら感じるけれど、良く手に馴染むレイピア。
それをゆっくりと、各部を確認するように、半身になって構える。
そして、一気に肉薄して、剣先を突き出す。
がす、という音とともに、人形の頭に剣先が突き立つ。
素早く引き抜き、手首を返して逆袈裟に左腕を切りつける。その勢いで再び手首を返して、今度は右腕を袈裟斬り。
そこから両足を狙って横に薙ぎ払い、構えを取り直して、全力で胴に突き込む。
木人形の四肢が、突きの衝撃で千切れて落ちる。毎日の鍛錬の甲斐もあって、腕は落ちていないようだ。
足をかけて、人形の胴から剣を引き抜く。胴体の、ちょうど心臓の位置を貫通した剣は、少しのゆがみも見られない。
細剣にも関わらずこれほどの負荷をかけて、しかも折れないのは、この剣が私の発動体であり、魔剣でもあるからだ。
クリューサーオール。それが私の剣の名前。意味は『黄金の剣を持つ者』なので、どちらかと言えば私のことを指すらしいけど。
「相変わらず凄まじいな。」
「そこまですごい?」
本気で不思議に思う。努力すれば、たいていの人間は出来ることでしょうに。
「魔法も使わずに、女の筋力で、木の塊を解体できる。」
「でもこれは鈍らじゃないし、私は出来るようになるまで2か月はかかったわよ?」
大体の魔剣学科の人間は、その気になればこれくらい一刀両断できるだろう。もちろん得物がナイフや槍の人間は、一刀両断は難しいだろうけど。
「その重さとは無縁な細剣で解体する技術は、簡単には習得できない。二か月程度ではな。」
「でも私に出来たんだし、二か月じゃなくても、1年も振ってれば出来る奴も多いでしょ。」
「…そうだな。続けてくれ。」
…なんか、一方的に会話を打ち切られた。こいつにはよくあることだけど…ちょっとイラっと来る。
「…オスカー。」
「…なんだ。」
「そこに立ちなさい。」
そういって私は、木人形の残骸が散らばる中央を剣で指す。残骸は、まもなくテレポートでどこかに転送された。
「俺に死ねって言ってるのか。」
「バカね。それがあるから死にはしないでしょ。」
腰の拳銃は、彼の発動体だ。この世界では基本、発動体があれば安全に戦闘出来る。
「壊れたら修理すればいいし。」
「タダじゃ無い。」
発動体は個人個人の色がよく出る。市販品をそのまま使ってたり、カスタムしてたり、本当に千差万別だ。
オスカーのものは、市販のものが合わずにダメ元で遺跡産の魔銃の適正試験を手あたり次第行ったら、たまたま引っかかったものらしい。
確か、罪過の拳銃とか言ったか…?まあそれはいい。
この世界には、当然一品物の発動体もあるわけで、そういうのが壊れた時に修理する技術もあるのだ。
「でも高くもないわよね。」
「はぁ…わかった。」
オスカーは諦めたように返事をして立ち上がり、中央に向かった。
オスカーは気のなさそうに拳銃にマガジンを装填する。
これから戦闘するにしては些か気が抜けすぎていると思う。が、言っても治らないから諦めている。
「加減してくれ。」
「いつも言ってるけど、私が加減したことある?」
そう言って、私は構えを取る。さっきと変わらない、基本の構えだ。
オスカーは拳銃を手に持って、こっちを見据えてくる。
「行くわよ。」
そう声をかけて、一気に攻め込む。重量のない細剣にとって、突きは数少ない有効打だ。
ゆえに、距離を詰めたら出来る限り、その勢いを利用して突きを仕掛ける。
オスカーは一瞬で、銃口を地面から剣先にポイントし、片手で連射する。
6発の銃弾が、突きの寸前に魔法陣を形成。
繰り出した突きは魔法陣を貫通していくけれど。
6枚目を貫通し、オスカーの目の前で剣先が止まった。
木人形と戦うのもいいけど、オスカーと戦うのもまた違う良さがある。
木人形はいつも攻撃寄りに設定しているので、木人形との戦闘のときは戦闘の流れを読んで、押し引きを柔軟に切り替えて戦う必要がある。
でも、オスカーとの戦闘は違う。オスカーは防御に特化しているので、必然的に私が押し、オスカーは受ける。
オスカーの鉄壁と読んで差し支えない防御を、私がどう崩すかが課題だ。
私が魔法陣から剣を抜いて構えなおす間に、オスカーはリロード。
私は連撃を繰り出す。斬りを主体に、最後は突きで〆る7連撃だ。
素早く上下に切りつけ、右に流れた腕を引き戻し、大きく円を描くように、X字に2連撃。
今度は左に流れた右腕を、横一閃で右に振りぬき、背骨を軸に回転するように左足を踏み込み、左手で突き飛ばす。
一連の動作で取った突きの体勢で、全力で踏み込んで剣を突き出す。
オスカーはそれに対応するように魔法陣を展開するけれど、コレは威力もそこそこあるのだ。
黄金の閃光が、光と闇の入り混じる魔法陣を断ち割っていく。
最後の突きでオスカーは吹き飛ばされた。威力が伝わった証拠だ。
「…やめていいか?」
「付き合いなさい。」
「ならリロードさせろ。」
「いいわよ。」
オスカーの銃は、リロードを繰り返すことで弾数が増えていくらしい。弾数が増えればそれだけ多数の魔法陣が展開できるので、防御力は上がるみたい。
二度ほど壁に全弾打ち込んでリロードすると、マガジンはドラム化し、拳銃のセレクターに新しい枠が出来ていた。
「よし、来い。」
準備ができたようなので、遠慮なく行くことにする。
さっきの連撃は、魔法の発動を兼ねていた。私のような魔法を纏うタイプは、体捌きや技などで魔法を発動できるのだ。
魔法の名はセカンダリーオブザダフトプリズン。効果は、マナの倍化。
構えを取り、一気にマナを取り込んで変換する。オーラのように湧き出た虹のマナ達が、黄金の輝きに転化されていく。
瞬く間に、私は全身から黄金の光を発するようになっていた。
「行くわよ。」
声をかけ、突撃する。これほどのマナ量を、私は完全に制御できるわけじゃない。
だから、魔法とともに余剰のマナをこの魔剣に食わせる。魔剣はマナを食えば食うほど黄金の輝きを増して、強くなるのだ。
黄金の塊の突貫に、オスカーは落ち着いて拳銃のトリガーを引き続ける。
フルオート機能が解禁された拳銃は、ドラムマガジンの50発を瞬く間に撃ち尽くす。
あっという間に、オスカーの目の前には積層の、光闇の魔法陣壁ができた。
紙も挟めぬ瞬間に、激突する。
拮抗。壁はすでに中程までを破られながらも、黄金の勢いを削ぎ、激突に耐えている。
しかし
「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
気合を入れ、再びマナを生成、勢いの減じた黄金が、一瞬だけ虹色に輝き、そして黄金に膨れ上がる。
瞬間、魔法陣壁が真っ二つに割かれ、黄金がオスカーを呑み込んだ。
「……やっちゃったー…」
目の前には、盛大に抉られた壁面。塵が立ち込めてオスカーの姿は見えない。
つい本気で突破してしまった。負けるのは嫌なので、どう言おうとハーベストムーンは放っていただろうが…
「大丈夫、オスカー?」
「…そんなことを聞くなら、その前に手加減しろ…」
煙が晴れ、オスカーが見えてくる。どうやら向こうも咄嗟にハーベストムーンを放ち、防御したようだ。
オスカーは叩きつけられてグロッキーになっているが、拳銃がどうにか分解していないので怪我はないだろう。
「発動体も壊れてないみたいでよかったわ。」
「…壊れてない、だけだがな…」
壊れてないなら修理もそこまでかからない。せいぜい30分ほど拘束される程度だろう。
「ま、ともかく、いつもありがとオスカー。私帰るわ。」
「…そうか…」
「人は要るかしら?」
「大丈夫だ…」
そ、と返事をして、シミュレーターのマナをカット。一瞬だけ部屋が暗くなり、また明るくなる。
抉れた壁は、清掃員の人が見つければ修繕してくれるだろう。所詮はただの壁なので、親切だったり潔癖な生徒が直してから使うかもしれない。オスカーの心配は要らないだろう。本人でどうにか出来るみたいだし。
マナの供給が消えたのを確認して、私はシミュレーター室を後にした。
