~黒き森・北西部にて~
―月―日、今日の天気は晴れ。草木を揺らす風は爽やかに流れ、木洩れ日の光りは何処となく眩しい。
こんな日はゆっくりピクニック……と行きたいところだけど、残念ながら今日はそういう都合ではない。
「ルミエルさーん、本当にこの辺でクリーチャーいるんですか?」
宇宙のような黒に塗られ、一纏めに束ねられたポニーテールを揺らす女性、「ルミエル・榊」へ話しかける。
「HSNの受付が言うにはそうらしいわね。ただ、情報が情報だから信憑性は薄そうなのだけれども」
ルミエルさんは私の問いかけを聞き、足を止めてこちらに振り向く。黒く少し伸びた前髪から覗く瞳はまるで夕暮れの月のような黄銅色をしていて、それでいて未来を見据えたような視線を向けてくる。
彼女が足を止めたことで私も足を止め、一度小休憩がてら辺りを見渡す。
「それっぽい音や気配も今のところ全然ないですね……」
「目撃情報によると、中型クリーチャーは何かから逃げるような様子のようだけど。もしかしたら、森のどこかで隠れているかもね」
「んー、多分その線が一番妥当かもしれないですね」
「単純な探しものなら、キキのほうが得意でしょ?」
「それはそうですけど……。もう少し音か気配がないとって感じですね」
私は一通り今いる場所を見渡し、目的のクリーチャーが居ないことを確認する。
ルミエルさんも同じく周囲を見渡し、目標が居ないことを確認して歩き出す。
森の中に響くのは私たちが草を蹴る音、土を踏む音、小鳥たちの囀り、微風に揺れる草木の交響曲、といった感じ。大きな動物の咆哮や争う音は聴こえず、平和そのものと言える。
「もう少し、北の方へ進む必要がありそうね。逃げていった先も北方面のようだから」
「はぁーい」
「ただ、目標と接敵したときは注意して。守りが得意な人は今回いないから」
「そうなんですよね。今回スピード勝負って感じらしいですけど、札学科や変身学科の人いないって聞いて驚いちゃいましたよ」
「あくまで情報の確認だからじゃないかしら? どちらにせよ、可能な限り速攻で仕留められる人材二人ってことだったから」
「んー、単純に人手不足って感じもしますよね」
「それは大いにありそうね。丁度、学科試験の追試や夏休み前の評定稼ぎの時期だから、お小遣い稼ぎどころじゃないだろうからね」
ルミエルさんは評定や試験に関しては問題なくクリアしているらしい。実際、この人は頭は良く、魔法の扱いも上手なので筆記試験や実技試験は一発OK貰えているとか。
かくいう私だが、魔導次元ひいてはハーベストへ入学して1年でSSランクを取得していることもあり、筆記も実技は全く問題ない。
ドロシーさんからもその点については非常に評判が良く、それ故にこういう無茶ぶりに突っ込まれやすいのもある。
「お昼過ぎまでには終わらせましょう。それなりに学園から遠いから、飛んで帰るにも時間が必要だわ」
「そうですね。バビューンと帰れる魔法は私もルミエルさんもないので、帰るにも一苦労しますしね」
ルミエルさんは顔だけこちらを向き、コクリと頷く。
私は数歩離れたルミエルさんの横まで駆けて、一緒に歩く。
黒き森を北方面へ暫く歩いた頃だろうか。
動物の咆哮と思われる声が風に乗って微かに聞こえてきた気がする。
「ルミエルさん、なにか聞こえました?」
「……ええ。恐らく、動物かクリーチャーの鳴き声ね」
私も同意する形で頷く。
ルミエルさんと目を合わせ、風の流れに乗ってきた声を頼りに、北西へと駆け出す。
駆けて行った方向は軽く舗装された道から外れる道のため、ところどころ草が茂っている獣道のような場所だった。
5分ほど走っただろうか。動物の大きな咆哮がまた聞こえた。今度はある程度はっきりとした方向も確認できる。
私とルミエルさんは一度立ち止まり、咆哮の聞こえた場所を見つめる。
「キキ、この辺りならわかる?」
「たぶん、いけると思います」
私は鳴き声の聞こえた場所へ集中して視線を向ける。ものを透視する魔法を用いて、木々や生い茂る草木の先にあるものを覗く。
「……もう少し先に中型クリーチャーっぽい生物がいますね」
「恐らく目標はそのクリーチャーね」
「ただ、そのクリーチャーに対して二人ほど交戦状態っぽいです」
「交戦状態? こんなところにいるなんて、近くの村の人間が襲われてるか、HSN依頼の生徒かしら?」
「もしくは魔法省の人とか? うーん、そこまではちょっと遠くてはっきり見えませんでしたが」
「とにかく、どの可能性にしても手が必要のはず。いきましょう」
ルミエルさんが先に駆け出し、その背中を追うように走り出す私。
走っている間も時々魔法が炸裂するような激しい音がして、誰かとクリーチャーが必死に戦っているのがわかった。
私たちが大きな音のする方へ駆け出し、数百メートルほど進んだ時。
ルミエルさんが突然足を止め、私の進行を妨害するように腕を出す。突然の行動に少しびっくりするものの、すぐに私も足を止め、ルミエルさんのすぐそばまで寄る。
「——少し、面倒になりそうね」
私はその言葉を聞き、周囲を警戒する。
どうやら私たちの近くに別の人間が3人ほど潜伏しており、その人物らに狙われているような気配を感じた。
「HSNとかでは、なさそうですね」
「ええ。恐らく……」
ルミエルさんが何か言おうとした瞬間、私たちのいる場所で急速なマナの変動を感じた。
それに素早く気が付く私たちは2歩ほどステップを踏み、回避を試みる。
マナの変動は私たちのいた場所に小さな火の玉を作り、刹那、弾ける。魔法の動きから推測するに、火属性の初級魔法のようであり、あくまで牽制を目的とした魔法攻撃に見える。
「ルミエルさん、どうしますか?」
「二人の位置は粗方確認できた。だけどもう一人がまだわからないわ」
「とりあえず、その二人から対処ですね」
ええ、とルミエルは答え、ポケットから白い宝石に赤い花びらが入ったペンデュラムを取り出す。ルミエルさんの発動体だ。
私も杖を取り出し、それを魔法で形状変化させて2メートル以上ある槍とさせる。
私たちを挟む形で潜伏しているであろう、まだ姿を現さない敵を睨む。
「【ブレイブフェニックス】」
開戦の火蓋は、大きな木に隠れていた男性による魔法攻撃によって切られた。
大きな剣を携えた男性はルミエルさんの方へ距離を詰め、横へ火炎を纏った豪快な一太刀を振るわれる。対するルミエルさんはその一太刀を思いっ切り体を仰け反らせて回避する。
大剣が弧を描き手元に戻る軌道を見せるその隙を狙い、私は地を思いっ切り蹴り上げ、一気に男性の懐へ間合いを詰める。
「【フォトンストリーム】」
ほぼゼロ距離まで詰め、男性の腹部を殴打する目的で、マナをいくつか用いて槍の加速度を上げて横へ振る。
だが、その動きを予見していたのか、私と男性の微妙に空いた隙間を針穴に糸を通すかの如く、小型クリーチャーが割り込んできて槍の軌道をずらす。
元々のスピードと慣性によって槍は横一線へ薙ぎ払い、割り込んできた小型クリーチャーと男性がぶつかり合う。だが、ダメージ自体は大して入っていない様子だった。
「キキ、離れなさい! 【オーバーレイチェーン】!」
ルミエルさんの言葉を聞き、槍を地に刺しバック宙をして目と鼻の先に立つ男性から離れる。
瞬間、男性に向かって数本もの鎖が蛇のような蛇行を見せ飛んでいく。
「——バックアップ! 【ダイヤモンドビット】!」
だが、小型クリーチャーを使役するものによる指示が飛び、その楔のいくつかはクリーチャーが弾き返す。残った2本ほどの楔がクリーチャーを締め付けるが、すぐにほどかれてしまい、こちらもそこまでのダメージではない様子だった。
クリーチャーを指揮していた人物も戦闘が本格的になったことを確認して姿を現す。声を聴いていたこともあり、その人物が女性であるということは分かっていた。
お互いに次の一手をどのように差し込もうか、という睨み合いが続く。
だが、睨み合いは透き通るような幼い声によって一度打ち消されてしまう。
「はーいストップストップー」
声の主はどうやら私たちが戦っていた場所に生えている樹の上にいたらしい。地へ飛び降り、ふわりと着地するその姿はまるで天使の来訪に見えた。
何処までも見えるような水の色をした髪がふんわりと風になびき、向けられる深紅の瞳の視線は私たちを精査するような、それでいてどこか面白おかしく見るような。
先ほど交戦した男性と女性は少女が登場したことで一度彼女の後ろへと周り規律よく並ぶ。その動きは軍隊のように訓練された感じ。
「……シエリ」
どうやらルミエルさんは少女のことを知っているようだった。
「ルミお姉ちゃん、元気にしてた?」
一方、シエリと呼ばれた少女もルミエルさんのことは知っているようで、話し方からして知人以上の関係ではありそう。
「あれ? ルミエルさんって妹いたんですか?」
呼び方に対して疑問を抱く私だが、ルミエルさんは「いや、あの子は基本人のことを兄姉呼びする子だから」と答えた。
一方の少女のほうもその点については肯定し、彼女自身がその呼び方が一番好きらしい。
「そっちの人は……キキお姉ちゃんだっけ?」
どうやら数秒間で起こった戦闘でルミエルさんから放たれた名前を少女は理解しているようだった。
少女は私の方へ歩み寄り、舐めるような視線で私の周りを歩きながら覗いてくる。
「えっと……これは……?」
困惑する私。どこか諦観したような、「またか」と言わんばかりの表情をするルミエルさん。
当の少女の方は私のことを二週三週と回って眺め……突然手を握ってくる。
握られた手は小さく、飴細工のようなすぐ壊れてしまいそうな華奢で、それでいてプニッとした柔らかい優しい肌をしていた。
「ねぇキキお姉ちゃん! シエリといっしょに遊んでほしいな!」
「遊ぶ……?」
突然遊びの誘いを受け、単純にかけっこやかくれんぼをしようとしているのかな、と思う。
だが、先ほどの闘い、木の上から眺めていて突然降りてきた少女、その少女に従うような行動を示す男女。そして何より、少女の指には発動体と思しき造花をあしらった指輪が見えたこと。
恐らく、この子は私と「魔法決闘」をしよう、という言い回しなんだろうという考えがすぐに湧いてきた。
「シエリ……!」
ルミエルさんがいつもは見せない焦りの表情を見せたのがわかった。
だが、その少女はルミエルさんへ屈託のない笑顔を向けてこう言った。
「ただ遊ぶだけだよ。なにも賭ける必要も、何かを失うこともない。ただ純粋な遊び」
少女の言葉は恐らく嘘はなく、悪気はないことが伝わってきた。まさに幼い子供らしい、無邪気にじゃれつく感じ。
ルミエルさんは相手の表情を鋭く睨むが、ここは素直に引いた方がいい、といった感じで足を一歩下げる。
「本当に、ただ”遊ぶ”だけだね?」
「ええ、もちろんよ。だってこんなに強い人、久しぶりだもの!」
「……わかった。なら、私は先に行かせてもらうわ」
「え、私だけおいてかれるんですか!?」
置いていかれそうになり驚く私だったが、ルミエルさんの反応は先ほどからどこか諦めたような表情ながら、だが私に対して一つ信頼を置いているかのような希望を持っている表情だった。
私はその視線と表情を見て、目の前で腕を引っ張てくる少女「シエリ」との相手をするべきなんだろうと思った。
「あ、ルミお姉ちゃん。残念だけど、その先にはいかせないよ?」
ルミエルさんが先へ進もうとした瞬間、先ほどまで規律よく並んで待機していた男女がルミエルさんの目の前を威圧しながら立ち塞がる。
「元々この先に生かせるつもりはない。しかも私たちが来ることは既にバレていた感じのようね」
「もちろん。だってシエリ達が捕まえるクリーチャーさんだもの。横取りはメッ! だよ」
「えっと……つまり、この子たちが既に見つけて追い回してたのが、私たちの目標だったってこと、ですよね?」
「そういうこと。しかも厄介なことに相手は『アマリリス』よ」
『アマリリス』。その言葉を聞き、私は思考を巡らせる。
確か、クリーチャー保護を目的としたテロ組織であり、ハーベストとは対立関係であり交戦も幾度なくあったといわれている団体。ルミエルさんが元々いたところでもあり、アマリリスはハーベストとはまた違った技術を持っていると聞いたこともある。
そんな組織の一員であろう、早く遊びたそうに腕を引っ張って駄々を捏ねる少女は一体……?
「キキ。そこにいるシエリは少なくとも並みの生徒じゃ傷すらつけられない。だけど、君なら恐らくイーブンで戦えるはず」
「え、そんなに強いんですか!?」
首を縦に深くうなずかれる。恐らくある程度知っているであろうルミエルさんが肯定するのだから、下手なことはできない相手なのだろうと考える
「ルミエルさんはどうするんですか?」
「私は、まぁこの先に進めないのならこっちの相手になりそうだ」
そう言ってペンデュラムを再度構える。一方のアマリリスメンバーであろう男女も各自発動体を構え、ルミエルさんの方を睨む。
「えっと、ルミエルさん頑張ってください!」
「キキもよ」
私は「ねぇはやくはやくぅー」と駄々を捏ねる少女に引っ張られて、少し離れた場所へ誘導される。
1on1の戦闘であるのは容易に想像がつくが、引っ張られて遊びをせがまれる感じは、昔いた孤児院で時々遊ぼうというってくれた子を思い出し、どこか懐かしく。少女に対してもどこか妹みたいな、そんな感情を覚える。
引っ張られていく途中、ルミエルさんは戦闘を再開したようで、鉄が重なる音、マナが爆発する衝撃が伝わってきた……。

