或る男の日誌の抜粋

目次

注意書き

自作シナリオ「永劫欠落~All you need is fall~」のネタバレを多分に含みます。

また、通過あるいは既読でないと理解できない箇所が多々です。

それでもよいという方へ、読んでいただければ幸いです。

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↓ 9.8m/s

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■■■記す

Ⅰ

この記録を記すにあたり、未来にこれを読むやもしれないお前へ。

呑まれるな、忘れるな。

それがため、全てを賭けたこと、切り捨てたこと。

それがため、一人の少女を切り捨てるに等しい蛮行を為したこと。

忘れるな。

忘れないなら、地獄に至る前に彼女に逢えると信じよう。

 

Ⅱ

起点を記す。

これ以上はないという、絶対といっていい約束をした。

徴兵は、避けたところで無意味であったと思う。魔導次元の側に逃げようものなら、俺は孤児院の彼らを見捨てた罪悪感に延々と苛まれたことだろう。選択肢などなかったのだ。

いずれにせよ、気がかりは彼女であったから、戦火の前では取るに足らない、吹くまでもなく飛ぶような約束を残すしかなかった。

無論、記したように絶対のものだ。四肢が吹き飛ぼうが、喉が裂けようが、眼窩が暗闇しか映さずとも、なんとしても戻って守る気でいた。

兵の中では、圧倒的に幸運な部類であったと思う。自身は何を欠かすこともなく、戦場から抜け出すことができた。

とはいえ、争乱が終わろうとも帰還がすぐに叶うわけではない。

同盟国が全て降伏しようと、国連が新たな形を成しても、壁が国を分かとうとも、何が変わっても帰り道に終わりが見えなかった。

ようやく至った我が家には、彼女の姿はなかった。

置き手紙、診断書、全てを知ったところで手遅れだ。否、そのとき側にいたところで何ができたでもない。

一縷の望みに賭けて魔導次元に渡ったことは明らかで、それを追いかけて、そしてそこでもやはり手遅れであったと知った。

約束は、果たせなかったのだろうか。

違うと思う。彼女は待つと言って、俺は帰ると言ったのだ。

話を聞くに、学長の元を訪れて以降の彼女は儀式魔導時代の研究を進めた上で、白き海に向かったという。

黙すばかりの学長は頼れない。己が手で、目で確かめ、推察した。

資料は読み解くには高度だ。そもそも彼女も確信を持って進めた研究ではないのだろう、細部が詰められておらず、こちらで埋めていくしかなかった。

それでもおおよそは把握したつもりだ。だからこそ、何もかも足りないことははっきりしている。

彼女と俺は違う。才は無く、同じ場所に至るには時間をかける他ない。

だが、その時間がない。

模索する中で、彼女が好きな樹々と花々が頭をよぎった。

戦火の残り火が未だに燻ろうと、数多の知識がこの世界には加わっていく。その一端、生物学の発展の中に答えを見つけた気がした。

当時どころか現代であってもオーパーツの技術だ。それでも、幸いにして理屈を超越した技術には覚えがあった。

呪われた研究であるからして、被検体にして唯一の成功例に自分がなる以外の道は考えられなかった。

幸運には自信があった。

実際にそれは成功した。

 

Ⅲ

時間を確保したからには、その中で方法を追求する必要があった。

机上の空論によって限りなく引き伸ばした時間も、有限であることに変わりはない。休息の暇などありはしなかった。

彼女の成した理論も本来は机上のそれ、魔法という理を歪める論で以て不足を埋めた無茶。

よってこちらも道理を通していては追いつくことは適わない。足りない才と脳の在らん限りを用いて無理を組み上げつつ、次元の狭間に落ちたのであろう彼女を探した。

論理構築の完成と座標の特定は同時であったように思える。魔の三角海域とは言い得て妙だ。だって、実際にそこには魔なる物が携わっているのだから。行方不明になったという船団や飛行機の数々が、本当はどこに消えたのか。そればかりは知るよしもない。

仮に、仮にだ。

それらがどうしようもない不可逆、戻りようのない陥穽に落ち込んでいたのなら、彼女は大量殺人犯だ。

それはあまりに悲しい。だのに、今となっては不謹慎な喜色が溢れる。

もしそうであったなら、俺と彼女が落ちる先はきっと同じだ。

こんなことを書いたところでなんになるのか。地獄に落ちる彼女に喜びを見せるなど、どう考えたって狂っている。

それでも、思ったままに記すと決めた記録にした備忘録だ。

だから、そのまま記す。

 

Ⅳ

位置を特定したところで、成った論を現実に落とし込むには莫大な資金が必要だった。魔導次元の側であったならまだ違ったかもしれないが、生憎と提案した手法は現実世界側からの対衝突だ。こちらでこれだけ大掛かりなことを成し遂げるなら、金が要る。

いいや、魔導次元の側であるよりは楽かもしれない。後のことを思うのであれば、これに賛同をくれる人間など一人もいなかったろうから。

ともあれ、資金繰りのために自分に施した手術を体系化し、研究報告としてまとめた。

公には憚られるようなあらゆる手段を以て、これを論文として通し、なおかつ特許を得た。

有用性は自分で実証していた。食いつく人間は幾らでもいると思った。

予想通り、すぐに使用許諾の願い出が殺到した。否やを出すことをせず、ただただ無心に積み上がる金の多寡だけを気にした。

要求量は、やがて満たされた。

 

Ⅴ

遊覧飛行のためと偽って落とす船を確保した。

残った資料を元に、内部に植物園も完成させた。

余らす程にはなくとも、腐る程にはあった時間の中で、資料に記された技術に潜んだ彼女の狙いはほとんど推察できたつもりだ。

だが、この花畑については謎だった。

条件を整えやすいのは助かったが、俺がいかな方法を以て彼女に会おうとするかは、いくらなんでも予測できなかったはずだ。

では、何故こんなものを結界内部に作り上げたのだろう。

分からないし、この先分かる気もしなかった。

会えたときにでも、聞くことにしよう。

 

Ⅵ

ここに至るまでは、上手く運んでいたと思う。

外法は為したものの、犠牲を作ることはしなかったと自負している。

しかし、最終段にあたってそれだけでは解消しようのない問題は一つあった。

核となる人間を、彼女を内部に確保しない限りは類感は機能しない。なにせ再現しようとしている空間の絶対条件がそこなのだから。

方法は忌々しいほどに即座に思いついた。仮称でエルゴ領域と名付けた箇所は結界の外に位置している。術的な干渉は容易だろう。推定で彼女の過去によって成るはずのあそこからであれば、過去に例があったというパラレルリンカーの応用論を以て実体化が可能なはずだ。

問題は、全てが終わったあと、もう俺が何もできないであろう時間に無垢の命を残すこと。

勝手に生み出しておいて、勝手に巻き込んで、勝手に放り捨てるなど、生贄と何が違うというのか。

それを知覚していた、自覚していた。それでも、その手法を採ることを選んだ。これ以外にはないと断じたから。

だから、この先には地獄しか待たないのだ。

 

Ⅶ

身勝手であることは散々に述べておきながら、それでも自己満足でしかない責任くらいは果たそうとしていた。

思うに、時間軸が停まっているはずのあそこにおいては、過去も現在も果ては未来も同列だ。常に内部に在ることが確定している彼女であれば、内部に至る前の元の時間軸に戻すことは可能のはず。

よって、やるべきは現代における少女の居場所の確保だ。

アテが一つはあった。彼女のかつての友人。

誰に止められもせぬよう、秘密裏に接触した。俺と違って年相応にまで老けたかの女性は、しかし知っている頃のままの性格だった。

複雑な顔をしていたものの、了承は得た。

やれることはやったと、そう思いたい。

 

Ⅷ

待望、といっていいかは分からないが。

とにもかくにも、決行の日ではある。

あちこちが擦り切れたのを感じる。これで駄目なら次の手を、なぞという甘い現実は俺には残されていないだろう。

飛び飛びのこの記録に、何か感慨を覚えることはないが、それでも残した意義はあったと信じよう。

これはあくまで備忘録、俺自身の忘れ形見だ。

感傷として、自らが育ってきた此処に残すとする。

 

 

少女は革装丁の本を閉じる。

劇的でも激的でもない、或る男が当然と信じて歩み続けた道の記録だ。傍から読んだところで意味は分からず、いいや、そもそもそんなものはないだろう。

それでも、この寂れた廃墟の片隅、数多の蔓が這う一室にこれを見つけたときに思わず零れた目尻の一滴が、少女がこの記録帳に見出した意味だ。

「……大丈夫だよ」

そっと、呟く。

彼の望んだ形かは知らない。それでも、自らの意思でここを訪れることを選択できるくらいには、自分は立派に育った、つもりだ。

記録に失くとも、記憶にある限りで、時も空間も越えた善意に生かされた。応えよう、なんて思ったかは分からないが、精一杯に生きた。

ある程度の歳を経て、記憶の中の『彼女』と同じ見た目に至って。

彼に分からないことを、一つ分かるようにもなった。この記録の中で、かの男が唯一の謎として記していたもの。

「……白馬の王子様には、お花畑で迎えに来てほしいものね」

くすりと笑って、まだ残っていた瞼の水滴をそっと拭った。

本を胸に大事に抱えたまま、そっと立ち上がる。

ひび割れ、錆びつき、痛々しささえ覚える窓から覗く景色は寒空だ。ここと違って外気が直に吹き付ける外に備え、ぎゅっとマフラーを巻きつける。

「……大丈夫だよ」

記録帳に語るように、玄関ホールに向かう道すがらで表紙を撫でながら呟いた。

「……あなたは、きちんと思い出せたから」

金属の軋む鈍い音と共に、扉が押し開けられる。

吹き込む風と一緒に、秋の忘れ形見の紅葉が舞う。

白い息を吐いて、少女は一歩を踏み出す。

冬が、訪れようとしていた。

この記事を書いた人

予想以上に沼が深くて入り浸っている人
シナリオたくさん書きたい

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