~ある廃墟街にて~
月の光は曇天に遮られ、地上は宙からの光を失い漆黒の闇を纏う頃。
かつての栄華を誇っていた街は寂れ、時代の風に流された建造物はどこか哀愁が漂う。
「こんな時間に作戦会議の呼び出しとは……。私は構わないが、呼び出した本人達は寝る時間だろうに」
微風と共に踊る煙、一寸ほどを照らす赤橙。その燈火に照らされた男の顔には気苦労を重ねた影。
男は目的地である、暖かくも寂しさが溢れる光が点る一軒の建物を目指して歩む。
途中、男は胸元を絞める枷を緩める。仕事ではあるものの、これから会う人物たちとは幾度となく交流をしており、気心も知れている者たちであるのだろう。
そして、もう一つは……。
「いらっしゃいませー!」
男が光の零れる扉を開けると、建物の中は数人の近隣住人であろう人々が語らい、日々の疲れや鬱憤を晴らすべく飲み食いをするお店であった。そんな場所にて、良い意味で不釣り合いな少女の元気な声が耳に届く。
光に照らされ透き通る水を模した髪、じっくり見れば観るほど深く引き込まれていくような紅の瞳、そして一度触れれば崩れてしまいそうなガラス細工のような躯体。この暗く寂しげな街には似ても似つかわしくない少女は、扉を開けた男の姿を一目見て、にっこりとほほ笑む。
「あら、玄三さん。今日も早いのね」
「丁度任務帰りだ。にしても、こんな深夜前に急な呼び出しとはどういうことだ、安曇さんよ?」
そう呼ばれた男「新樹 玄三」は咥えていた煙草を片づけ、扉を閉める。
酒場のフロアにて、先ほどまでお客が居たと見受けられる、散らかった食器やグラスを一生懸命片づける少女「安曇 シエリ」。彼女はか弱そうな体では持てなさそうなほどのアイテムをトレンチに載せ、何事もなくカウンターへ運んでいく。
「もう察してると思うけど、込み入ったお話は奥でするね。あと、その余所余所しい呼び方はやめて? 玄三さんはあくまでシエリより大きな大人なんだから」
トレンチを片づけた彼女は余所余所しく呼ぶ玄三に対して、どこか不服そうな表情を見せる。
「一応、こっちの世界の歴で言えば私が一番下なのだが……」
「そういうの、シエリ達の間ではなしっていつも言ってるでしょ?」
「なしとは分かっていても、昔の癖でな」
「悪い癖は直すの。あんまり続くようだと『玄三お兄ちゃん』って呼ぶよ?」
「それはやめろ。年甲斐でもない」
玄三はシエリの言葉に対して同じく不服そうな表情を見せる。
彼女としてはからかいの言葉であるようだが、本人としては自身と彼女が変に呼び合う構図が事案のように見られないか不安でもあった。そのことも解っていてのことだろうが、あえてそういう言葉を選んでいるあたり、彼女のことはどうも微妙に掴めないようだ。
「あ、いつもの部屋で待ってて。アルメリアお姉ちゃんは先に待ってるの。アリスお姉ちゃんはいつも通り遅刻と思うよ」
ああ、と一返事をし、玄三は酒場の二階にある個室の客間へと向かう。
客間の扉を開けると、小さな兎のような生物に食べ物を与えている少女が居た。
玄三が扉を開けた際に軋んだ音を聞き、あどけなくも哀愁の匂う紫の髪が揺れる。音の方向を見る瞳は朱く、先ほど酒場にいた少女とは違った、遠く先を見据えるような視線が音の主に向く。
「お邪魔する。君も早いものだな」
「そういう新樹さんも早いじゃないですか。お仕事帰りですか?」
「その通りだ。アルメリアはもう休む前だったか?」
「いえ。ちょうど班の見回りをしていた時の呼び出しだったので、帰り道に寄った感じです」
兎のような生物はこの世界で呼ばれるクリーチャーであり、それと戯れる少女「アルメリア・イェイツ」はそう話す。食べ物をシャクシャクと頬張る生物は彼女の相棒でもあり、小さな同居人でもある。
部屋の中央に少しばかり年季の入った角テーブルが置いてあり、そこを囲うように6席分の同じく年季の入った丸椅子が置いてある。窓側に近い席の一つはアルメリアが既に座っている。玄三はアルメリアの座っている場所から中央の椅子を空けた、扉に近い席へ座る。
特に躊躇しない動作や遠慮などのない状況を見るに、彼らの座る場所は自然と決まっており、これまで幾度となく行われてきた行為でもあるのだろう。
「新樹さんはこちらの生活に慣れましたか?」
二人しかいない部屋はこれでもかというほどの静寂が空間を支配する。そんな静かな空気を少しでも変えようと、アルメリアは玄三に対して話しかける。
「あぁ……。まぁまぁといったところだ。向こうとはまた別の理由でやることがいっぱいだからな」
「そうなんですね。現実世界から来た方は今では珍しいほどでもないのですが、それでもこことは別の世界の人が生活に慣れるのは大変って聞いたことあるので」
「その気遣いはありがたく頂戴しておこう。ただ大変という点では、私はいい意味で大変と言えるな」
「それは、どうしてですか?」
「命のやり取りが密接に関わっている世界だ。現実世界の時みたいに、ただただ死んだ屍のように働いていた頃とは違う。一見冷たくみえる人々も、実際は暖かい面も感じられるからな」
「命のやり取り、ですか……。確かに、ここでは死ぬか生きるかの選択が必要な場面は多くありますね」
「ああ。だからこそ、今できることを精一杯やり遂げたいとも思える。私はここにきて、そう思った」
玄三は過去のことに少しばかり想いを馳せながら話す。一方のアルメリアは、玄三の現実世界との違いについて興味津々に聞いた。
「かくいうアルメリアも、アマリリスの生活には慣れたのか?」
アルメリアが先ほど質問してきた内容について、玄三も質問を返してみる。
「私も、ほどほどにといった感じでしょうか。任務とかはまだ慣れないところ多いですが……」
「任務に関しては、お互い様……。といったところか」
玄三はゆっくり立ち上がり、「まぁ、私たちなりのペースでいくか」と呟き、アルメリアの頭を軽く撫でる。
突然の行為に対して少し驚くアルメリアだったが、まだ慣れない状況に対して慰めの言葉を聞き、心の奥にあった不安や焦燥が落ち着く感じがした。
彼は漆黒の闇が覗く窓辺へ向かって、窓の開けた。そして、持っていたタバコを一本取り出して火をつける。窓辺から流れる風はどこか冷たい。だが、悪い気分にはならない。煙は空高くへ登ろうとするが、大きな夢の如く霧散してしまう。
程なくして、シエリともう一人の女性が客間の方へ入ってくる。
「ごめんねー。夕方に仮眠してたら思いっ切り寝てた」
その人物は入ってきて早々三人へさほど罪悪感はなさそうに謝る。
寝癖が所々あり、まだどこか眠そうな目元や声音。その女性は手を櫛代わりにして、金糸のような細くも大量の髪を梳かす。
「全然こないなぁって思ってましたが、そういうことだったんですね」
時間になっても来ない女性が来たことで、アルメリアの表情もどこか軽くなる。恐らく彼女はその女性に対して一定の信頼を置いているように見える。
「時間だよーって呼び掛けてもぜっんぜん返事すらしないのよ。何かあったのかと心配して行ったら、のんきにグーグー寝てるの」
「その様子だと、叩き起こされて家から引きずり出されたようだな」
「まったく、ちょっと心配して損しちゃったわ」
柔らかく小さな頬を膨らませて怒るシエリ。だが目のほうはさほど怒っていないようで、少し憎たらしく言い放っているだけの様子だった。
女性はそのことに対して、やはりさほど罪悪感はなさそうに平謝りをする。
「もう。今度やったらお仕置きだからね! わかった、アリスお姉ちゃん?」
「はぁーい。善処しまーす」
怒るシエリに対して、アリスと呼ばれた女性は軽く返事をして、欠伸を一つ。黒色の縁をした眼鏡をはずし、まだ眠たげな眼を軽くこする。
「アリシエス、あんまりシエリを怒らせると、比喩なしで死ぬぞ?」
「わかってるよ。シーちゃんが怒ったときは、神様の天罰が下る時って言われてるもんね」
シエリの呼ぶ女性の呼称はあくまで愛称であり、玄三が言った通り本名は「アリシエス」と呼ぶ。
「シエリちゃんが本気で怒った姿見たことないけど……。やっぱりすごいんですか?」
玄三やアリシエスといった年長組に対して、純粋な眼差しで問いかけるアルメリア。
「そりゃもう。今でこそこんな感じだけど……」
そう語りかけるアリシエスだったが、突如後ろから頭をトレンチで軽く叩かれる。
彼女を叩いた犯人はとても不服そうな顔であり、酒場などで振りまいていた可愛げな笑顔とは一変して、アリシエスに対して睨む目つきをしていた。
「アリスお姉ちゃん、キライ」
ふん、と女性から顔を背き、棚に置いてあるティーカップなどを淡々と準備し始める少女。
叩かれた本人は「ごめんって、今度お菓子一杯あげるからさぁ」と言って、ぷりぷりとしている少女に対して慰めようとしていた。
アルメリアは玄三に「あまり聞いちゃいけない話ですか?」と言わんばかりの困惑顔を見せる。玄三はそれに対して、静かに首を縦に振る。
シエリが三人の前へ飲み物を置く。
アルメリアへは紅茶と角砂糖1個、玄三へは珈琲、アリシエスへは苺ミルクと、慣れた手つきで順々に配っていく。
彼女自身は緑茶を入れたようで、各自の手元に飲み物がきちんと置かれたことを確認し窓側の開いている席、玄三の向かい側へ座った。
「あんまり時間もないから、さっそくだけど話すね」
緑茶を一口啜り、シエリは話を切り出す。その表情は真剣そのものであり、三人も彼女の表情を察して真剣に聞く体制となる。
「これは本郷様からの指令なのだけれども。私たちへ緊急任務が出たの」
シエリは三人の手元へ、数枚の用紙がまとめてある資料を手渡す。
玄三とアルメリアはじっくりと資料を眺め、アリシエスはペラペラと斜め読みをした後シエリの方を向く。
「資料に色々書いてあるから、詳しい話はそれぞれしてもらった方がいいと思うの。ただ、シエリからは概要だけ軽く説明するね」
個室の空気は徐々に重くなり、冗談は許されない雰囲気が漂い始める。彼女も資料を見つつ、三人へ説明を始める。
「アマリリスメンバーが数人部隊を作って、あるクリーチャー捕獲作戦へ出ているのはみんな聞いてると思うよ。ただその部隊で少しトラブルが発生したらしくて」
「クリーチャー捕獲作戦中、別の小型クリーチャーの群れに遭遇。そのまま混戦状態となったの。小型クリーチャーの群れは何とか処理できたようだけど、混戦によって部隊員の疲弊が大きくなっちゃったようなの」
説明を続ける前に、彼女は緑茶の入った湯飲みを手に持ち、一口含む。
「禁呪魔導養成班の一人はまだルーキーらしくて、混戦によって力を使いすぎたせいかカース発症。そのまま暴走状態といった感じ。一旦は落ち着いたらしくて、近くの町で隔離はしているようだけど、まだ安心はできないらしいよ」
「じゃあ、あたしが呼ばれた理由はルーキーくん達の処置ってことかしら?」
「そういうことだね」
アリシエスの問いに対して、頷きながら答えるシエリ。
心療魔導養成班に所属する彼女にとっては、よくある任務の一つに過ぎず、適任でもある内容である。
「それで、目標になってたクリーチャー自体も逃げ出しちゃったらしいの。玄三さんやアルメリアお姉ちゃんは目標となってるクリーチャーの捕獲作戦を引き継ぐ形だね」
「なるほどな。その辺なら我々が適任というわけか」
「資料からわかる内容だと、そこまで凶悪なクリーチャーでもないようだから、うまく誘導できれば大丈夫そうですね」
一方の捕獲作戦を行う玄三は工作魔導養成班、アルメリアは生物魔導養成班である。クリーチャー捕獲などは手慣れたものであり、彼らはクリーチャー関連の研究もしていることから適任と言えるのだろう。
「あれ、じゃシーちゃんは? 聞いてる感じだと、あたしたちだけの出動要請に聞こえるけど?」
現状の与えられた役割に対して、一人だけまだ役割が与えられていない点について疑問に思うアリシエス。
玄三やアルメリアも資料をもう一度一読するが、説明をする少女が特に役割がないことに対して疑問の言葉を投げる。
「えっとね、これも本郷様からの話なんだけど。捕獲作戦に一度失敗してる関係で別件ができちゃったらしくて」
「もしかして、ハーベスト側に勘付かれた感じですか?」
「うん。目標が逃げた先が学園側監視エリアだったらしくてね」
「あー、学生に見つかっちゃったかぁ。目標がブッキングしたら、ルーキーくん達は無理そうだね。あたしたちでも学生たちにタコ殴りされかねないけど」
「つまり、シエリはハーベスト陣営から来る学生の陽動や攪乱といったところか」
こくりと頷くシエリ。
先ほどの話を聞き納得する三人は資料を置き、それぞれ手元にある飲み物を口に含む。
「学園側、そういう情報はわたしたち以上に速いからなぁ。人数は数倍以上いるし、実力も大小あれど揃ってるしねぇ」
「そういえば、アリシエスは元学園側だったから、その辺の内情は詳しいだろう?」
「数年前の話だし玄さんみたいに工作班でもないから。流石に今の学園の内情は分からないけどね。ある程度変わってない部分も多いから、その辺での意見は言えてるだけ」
得意そうな表情を見せるアリシエス。その顔をみて、シエリは彼女の横腹をつつく。
アリシエスは数年ほど前まで魔導学園ハーベストの学生であったため、相手側に関する内情や構造についてはその辺の工作魔導養成班メンバーより詳しい。その点については三人もよく理解しており、情報としてもある程度信用している。
「でも、シエリちゃんだけで大丈夫なんですか?」
単独作業になるであろう少女に対して、心配の言葉を投げかけるアルメリア。
少女はその問いへ、「問題ないよ」と確信をもって強気な表情で答えた。禁呪魔導養成班でもあるため、こういった対人戦に関しては今いるメンバー内でも随一の実績を持っている。
「時間稼ぎというだけなら、シエリだけでも大丈夫だろうな。その辺は私も先回りして手助けしておこう」
「さっすが玄三さん。気が利くわ!」
「このぐらいしか貢献できることがないからな。直接攻撃をしろというわけでもないから、軽く足止め程度の罠は張っておこう」
玄三はシエリの陽動がしやすくなるような案をいくつか挙げていく。
彼女も彼の提案に対して、自身がやりやすい戦略を加えて形にしていく。
「アルちゃんはクリーチャー捕獲した後の手懐けがメインっぽいかな?」
「恐らくそうなりそうですね。危険度は低いですが、他の人のお話を聞いていると気性が荒いタイプらしいので」
「あたしや玄さんが担当すると粗作業になりそうだし、シーちゃんだとボコボコにしかねないしねぇ。そういうのは、うちらの中じゃアルちゃんが適任だよね」
「アリシエスさんこそ、対人カース関連の知識や技術は一番詳しいですから。そちらの方はお任せしますね」
「まっかせなさーい。ルーキーくん達はパパっと治してくるよ」
それぞれが与えられた役割に対して、作戦や行動案を提示し、吟味する。
数十分ほど四人で会議を重ね、明日の作戦の行動方針や内容が決まる。
飲み物もなくなり、夜も更けていく時間であったため、ここで四人は一度解散することとなった……。

