「もし、全てが救える世界があるならば」
「夢を見たんだ」
黒き森、静かな湖のほとり。そこに腰掛けて、赤いフードの男が呟いた。
「どんな夢だ?」
隣に座る緑色の制服の青年は聞く。
本来ならば、赤フードの男とは敵対するはずの組織―ハーベストの学生。十六夜 司は、そう聞き返す。
フードの男は、過月 光軌は話す。
「皆が救われてる夢だ。俺が助けられなかった、救えなかった人間が生きてて、お前が、敵対組織なんかじゃなくて、同じ学校の同級生でさ。失ったはずの小さな子供達が、皆揃って俺に笑いかけてくれる。そんな夢だ」
十六夜は目を伏せた。
「……そう、か。俺も同じ夢を見た。そこだとお前が友達で、クラスメイトで。助けられなかった筈の、居ないはずの人が居る、そんな夢を」
そう言って少し俯く。偶然だな、と光軌は笑って、続ける。月光が水面に反射して、どこか幻想的な表情を見せていた。
「あの世界が現実だったら、どれほど良かったんだか。少なくとも、少しは望んでたさ、あの世界を」
十六夜は、目を伏せる。確かに、そんな世界があったならどれほどいい事か。しかしそれは、自分がいる世界の否定になりはしないか?そう考えていた。
故に、問う。
「もし、その世界に行けるとするなら。お前は行くか?」
「行かねえな!」
即答だった。問うた青年は目を丸くし、光軌を見つめる。
「なんか、そいつは違うんだ。確かに、助けられなかった、救えなかった人間を取り戻したいって気持ちはある。でも、だからって、『俺が失ったこと』を塗り替えちゃいけないんだよ」
そうやって小石を湖に投げる。ぽしゃり、と音を立てたそれは、それ以降見えなくなった。
「俺はここで生きている。助けられなかった人もいる。救えなかった人もいる。それでも……いや、だからこそ腕を伸ばすんだ。今度こそ、助けられるように。今度こそ救えるように……そう教えてくれたのはお前だぜ、司?」
けらけらと光軌は笑って、親友にほほ笑みかける。当の本人は驚いたまま、それでも静かに、少しずつ口角を上げた。
「……そう、だったな。俺が、そう言ったんだっけか。立ち止まってちゃいけないんだ、救い続けるために、生き続けなきゃいけないんだ。自分が、そう望む限り」
「おう。誰かの命を背負って、大切な誰かのために頑張ることは、きっと正しさの一つになる。だから、『助けることに理由は要らない』んだろ。それはきっと、自分にとって正しいって、なんとなく分かってんだからさ」
光軌は器用にくるくると小石を掌で遊んで、そっと戻す。今度はそれを司が手に取り、ころころと遊んでいた。
「……悪いな、変な質問して。少しだけ、気が滅入ってたらしい」
なんかそんな気がしてたぜ、と光軌は司を見る。こいつは、優しい。何かを選ぶ度に、後悔していく。苦しんでいく、悲しんでいく。俺自身と、一緒だから。司の痛みは、誰よりも身近に感じているつもりだった。
「いいんだよ。……少しは前向けたかよ、司?」
「ああ。ありがとうな、光軌」
二人は湖のほとりで座っている。また、少しずつ会話が紡がれる。夜が空けていく。静かな湖に、ぽつりぽつりと、言葉の波だけが反響していた。

