初めに
シナリオ「シフクハナシ~Symmetry and Chirality~」のネタバレを多分に含みます。
それでも構わないという方のみお読みください。
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コンセプトについて
唐突に自分語りしますが、自分はMr.childrenというバンドが大好きで、中でも「シフクノオト」というアルバムが特段好きです。
なんかタイトルがシナリオと似ている気がしますがその通りです。
このシナリオはそのアルバムを聴きながらふわっと思いついた物語に色々と味付けしたものになっています。イメソンは、と聞かれればこのアルバムに入っている曲が大体全部です。
中でも中核に据えたのが「掌」という楽曲であり、こちらは「分かり合うことはできないけど、認め合うことならできる」ということを歌っています。そんなわけでこのシナリオのテーマの一つには「不理解」があります。
テーマのもう一つは「変化」、思いも姿かたちも関係性も、前に進んで変わってしまうことは決していいことばかりではなし、かといって否定するほど悪いとこばっかなわけでもないよね、とかそんな感じです。
テーマというほどではないにせよ、TRPGシナリオというより物語的な構成を意識もしました。御伽噺に被るようなタイトルもそのため。
タイトルは字を当てるなら「至福噺」「至福は無し」「紙幅は無し」です。最後の「紙幅は無し」は物語を書き切るだけのページはないの意、彼ら彼女らにもシナリオ内では語られないたくさんの事柄があって、シナリオ内の彼ら彼女らなんだ、といったイメージで付けました。
サブタイは直訳すれば「対称性と対掌性」、対掌性は化学の用語。よく知らない人が誤解すること必至のすごく雑な説明をするなら、通常時は非対称なのに鏡合わせにすると対称になる性質です。詳しくはキラリティで調べてください。
こちらはトレーラーの内容にも関わるサブタイですが、似てるようで違う、違うようで似ている、そんな関係性をイメージしての題です。大体はあの二人のめんどくさカップルのこと。
これ書きながら、自作シナリオにおける好き合う男女は面倒な奴らしかいねえなと思いました。
NPCについて
今回は珍しく、各NPCについてちゃんと説明やらを事前にまとめていたので、この後でコピペします。
NPC全体について言うなら、それぞれの名前について。男性どうし、女性どうしで対と取れなくもないような名前にしています。
グレイ・エルト(gray art)⇔ヤルグ・トルア(yarg tra)
グレイはまんまですが、エルトはartから。ヤルグはそれぞれを逆読みした風。
春梅 未来⇔クルミ・シャギク
未来の漢字を逆から読んでクルミです。シャギクはコスモスの和名から、コスモスが漢字で夏桜なので対っぽいなという独断と偏見で春の梅。
あくまで「っぽい」だけのお遊びネーミングでした。
春梅 未来
ハーベスト現役学生 紋章所属 発動体は星とハートを象ったブローチ
「恋のキューピット」の自称については人と人とを繋げる天使への憧れから。原動力は初めて恋愛相談に乗った友達の笑顔である。
両親は母親だけ現実世界出身の日本人であり、父親が魔導次元出身。そのために彼女は生まれも育ちも魔導次元である。特記すべきはそれくらいという、なんてことのない一般家庭に生まれ育ったが、ヴェクセルバルクの概念交換がそれを塗り替えた。
父親、ハウザー・ミューンはかの事故に巻き込まれる形で自身の子であるミライにヴェクセルバルクの子という概念を埋め込まれてしまう。これが原因で彼女を娘と見れなくなってしまい、他人の子としか捉えられなくなる。このことに苦悩し、やがては自責の念に耐えかねて家を出てしまう。
母の方も状態は同じではあれど、お腹を痛めて産んだ子に対してハウザーほど強い違和感はなかったため、この点でハウザーとすれ違ってしまう。
これが幼少の頃のトラウマとなり、人が人を愛する、恋するということについて様々に思うようになる。学生となって、恋愛相談に乗るようになったのはこれが原因。
未だに父親とは親交こそあるものの、それは親と子としての関わりとは言い難い。
いつか、なんて願いは言わずに秘めるのみ。
本シナリオにおけるヒロイン──の予定がヒロイン(女主人公)になった女の子。囚われの姫ポジに陥るのはそうなんだけども、終盤が強すぎたかもしれない。
ドロシーと波長が合う元気っ子なのは素ですが、過去が過去なので時折じめっとします。あとアホの子のようで色々考えている子でもあります。だからこそ自分の活動に思うところもあり、よって最後のヤルグとの対話でばきばきにメンタル折られてます。
PC1が復活させれば前より強い子に育ちます。進化に成功すればこの子のメンタルを折れる奴はそういないという域にまで仕上がるので頑張りましょう。
グレイ・エルト
アドヴェント卒業生 色彩卒業 発動体はスケッチブック
研究職への適性もあり、研究者じみたこともやっていたが好きなことは絵を描くこと。だが、ブラウニー研究所にヘヴンリィの側面からの知見を求められて出向。
しかし魔法学における色の意味がヴェクセルバルクの研究に活きると判明し、色彩所属の彼もまたヴェクセルバルクの主任研究員として携わることに。
敬虔な信徒とはとても言えなかったが、信仰がなかったわけではなく、だからこそこの研究は人のため、世界のためになると信じて働いていた。
その積み重ねで世界はよりよく変わると根っこで信じており、その点でシニカルな口調でありながら本質はロマンチスト。
彼の態度で察するのはあまりに難しいが、類まれな研究者としての才を持っていた同僚のクルミも純に尊敬しており、憧れの存在でもあった。この辺りは好きな子をいじめる小学生男子メンタル。
しかし、ブラウニー研究所での事故でそれは一変する。
脊髄損傷による半身不随に陥りかけていたクルミを助けるべく、彼はクルミの開発物であった魔導ヘビを使い、ヴェクセルバルクへコンタクトを取る。
それは概念交換によって自分の健全な肉体とクルミの重傷を交換し、自分が彼女の傷を負うという選択。
しかし、後に考案される概念拡散度を用いるなら人の怪我、それも相当な重傷は概念拡散度があまりに小さく、交換はあまりに難しかった。
結果は失敗、交換が中途半端になり、クルミの怪我には何の変化もなかった。何より、二人の「才能」という概念が入れ替わり、クルミの研究者としての素質はグレイの、グレイの絵描きとしての素質はクルミのものとなる。
自分の生涯を賭けるつもりだったものを奪われたクルミの悲嘆、大切な人の生きる理由を奪ったグレイの自責から二人は仲違い。
罪滅ぼしのように概念拡散度と干渉尺度という、クルミの研究を完成させるも、そもそもがクルミから得た才覚で成したこの研究に価値を見出だせず、彼自身の才であった絵も失い、自暴自棄になっていた。
だが、積み上げたモノが消えても積み上げてきた事実が消えるわけではないと奮起した彼は、技術もセンスも何もかも消えた絵の道をもう一度歩き始める。
かろうじて残っていた色彩感覚を武器に、自分で絵描きを名乗れる自負を得ると、風のうわさでクルミが暮らしていると聞いた街へ。
歩き続けるその果てに、またゼロに帰す未来が待とうと、彼はもう間違えない。
設定が一気に長くなりました。性癖詰めたのが分かりやすいですね。
過去に過ちを犯したという自覚を持つものの、自己評価が低かったりはないです。自己犠牲に走って改善するなら最初からそうするわ、というくらいの考えです。彼は彼なりに、やれることをやり続けます。それこそシナリオの最後まで。
クルミ・シャギク
ハーベスト卒業生 紋章から院進、概念卒業 発動体はインクが空の万年筆
研究職へは天性の才があり、自分もそうした知識の開拓は好いていたために、何の迷いもなくブラウニー研究所まで進む。
グレイとの関わりについても、ちょっかいをかけられてもくすくす笑いながら受け流すようなお姉さん対応を続けており、他の研究員からも微笑ましく見守られていた。
研究態度は非常に真摯であったが、それは知識というものに一種の絶対性を見出しているから。どんな捉え方をしても変わらない、変えられない何かがあり、そんな何かを探すために探求を続けている。それは決して何かのロマンを求めて、などというものではなく、どうやったって変えられないものがあるというある種の諦めに近い。
そういった点ではロマンチストのようで根底がリアリスト。
研究所での事故の際も、動かなくなった脚に対してはやはり諦めの方が大きく、むしろそれをどうにかしようと思うグレイが信じがたかった。
結果として自分の才を失ってしまったのに関しても、愕然という感情が大きい。グレイとの最後の会話は、もはや何の感情もなかった「なんで助けなんかしたの」という純な疑問。これをグレイは自分への非難へと勘違いしてしまい、仲違いしてしまう。
再起を試みるまでに時間がかかったのも、才を失った自分が這い上がれる気がしなかったため。
グレイが絵を描いているのをなおも信じられなかったが、何の心変わりか、そこに寄り添おうともう一度足掻いてみる。
だって、変わらないからといって報われないのは、あまりにあんまりじゃあないか。
なんか真のヒロイン枠みたいになっていた人。ミライほど強い人ではなかったからかもしれない。
上述のように、ロマンチストのようでリアリスト。だからこそ才能の交換において真っ先に諦めた側。
なんだけどもグレイがまだ足掻いているのを見て、私もとばかりに奮起。
ハーベスト近郊で暮らしていたのはヤルグの勧め。その時点ではなんていい上司を持ったんだろうと感謝してました。
ヴェクセルバルク
「カースとはクリーチャーの生態の伝播である」という学説の終着点の一つ。この学説では、カースとは感染による人間の欲望増幅、及びそれによる破滅的かつ積極的な指向性活動によって自らが生きやすい環境を作る因子、とされる。それをヴェクセルバルクは概念交換によって成し遂げた。周辺の環境を自分の生きやすいように性質を交換=変質させることで同じ結果を得る。この性質のためにカースを積極的に感染させる必要性が薄く、カース生成自体は非常に弱い。増幅させる欲望も「生きていたい」というなんとも単純で実害の薄いもの。それでもこのクリーチャーの特異性は本物であり、生存方式が競合する関係で一個体のみしか存在せず、番も成さない。
キャラクターじゃなくてクリーチャーですが、人間と同等かそれ以上の知能を持った生物です。一概に同等とも以上とも言えないのはそもそも生物としての在り方が根本から違い、総じて世界に対する接し方も違うから。アインシュタインとダーウィンを比べて「こっちが賢い」と論じるようなものです。そもそもの領域が違います。
作中でさんざんに言われているように、生物としては歪そのもの。子をもうける手段が手段であるため、親子(?)における姿かたちも異なります。仮にミライがあのままでシナリオ中のヴェクセルバルクが死亡すると、権能と意識がそっくりそのままミライの身体に移行します。見た目がミライだけど中身がヴェクセルバルクという人型の怪物の完成です。
しかしそれをよく思わなかったヴェクセルバルク自身が、ミライに埋め込んだ「子」の概念を取り除くべく、ハーベスト内へと干渉を始め──というのが原因で起こったのがハーベスト内での人違いの多発。こいつが絡んだせいで個人という概念が所々であやふやになっていました。
名前はドイツ語、英語でいうところの「チェンジリング」、つまりは取り換え子です。
コンセプトは「理解はできる怪物」であり、在り方そのものは歪が極まっていても、この後に出てくる真正の怪物よりはまだ理解できる、人間らしい動機で動く存在でした。
ちなみに擬人化したらこのシナリオでもヒロイン度数最上位だと思います。「途方もない力を持つ上位存在+その力を利用されそうになって暴走+そのことを悔いて行動+しかしまた利用されて囚われの身に」とか属性盛りすぎです。緑髪の不思議ちゃんのイメージですが皆さんはどうでしょうか。
ヤルグ・トルア
ハーベスト卒業生 変身所属、概念院進で卒業 発動体は三日月のアミュレット(スピリットジュエルと言葉・意味論)、成長の象徴
変身に行ったのはヒーロー願望より変身願望の方が強い。
変わりたかったのは世界を変えるだけの力を持たない自分。
世界は変わり続けるし、それを否定する気はさらさらないが、変化だけが積み重なり、誰かが残すものさえ消えゆくのが悲しい。だから誰もが自分の証を残せるような世界になってほしい、そのための力を持つだけの自分になりたい……というのが彼のかつての考え。
しかし具体的にそれを実行するための手段は何も頭に無く、そして無いままで年月だけ流れていく。
才覚だとかそういったものを実感することもなく、とりあえず「できるから」という理由で院まで進み、推薦のあったブラウニー研究所へ。
学部で、院で、研究所で、知識を増やすごとに思うことがあった。
「この世界は思っているより簡単に壊すことができる」
なぜそんなことを思ったのかすら分からなかったが、ブラウニー研究所での事故当日、所長と話す中で彼はついに悟る。
彼が残しうる変化、才によって向いたやり方、それが何かを壊すというやり方だっただけだ。
天性の破壊者、カース感染など必要もなく、何かを壊すことでしか変化を促せないのがヤルグ・トルアだ。
理解したから、それに従うことにした。
簡単に壊せるから、壊すことにした。
【ボスとして】
自身で修めているのは地・水・火の三属性だが、シナリオ上で敵対する際はヴェクセルバルクと半ば融合しているために六属性全てを用いてくる。ここで用いる概念拡散度はヤルグとヴェクセルバルクの曖昧さの度合い。高くなるほどに当然に二つの境界は曖昧であり、差異は薄れるためにより身体はクリーチャーのそれに近づく。同時にヴェクセルバルクの性質も濃く発現するため、概念交換を戦闘に利用してくる。例としては使う魔法の概念をぼかし、一度で複数の性質を持つ魔法の発動など。
大体こいつのせい枠ランキング堂々の一位、全ての元凶です。世界大っ嫌いマン。
ブラウニー研究所で事故を起こすまでは自分の本質から目を逸らし、真っ当に振る舞っていたものの、ブラウニー所長とのとある会話をきっかけに自覚。これ以上なく嫌な覚醒を遂げて世界をぶっ壊すことにしました。
ちなみに所長との会話内容はざっくり言えば「才能の向き不向き」であり、「人の持つ才能には向き不向きがあって当然だが、それを自覚してなお自分に向かないことを続けるか、あるいは向いていることを尖らせてみるかは当人以外には決定権はない」という所長の答えに納得し、その答えを実行するべくヤルグは目の前の所長を殺すところからスタートしました。
自分の生きる世界の全部が嫌いな割には自殺などの道を選ばずに五年待っていますが、これは自分が死んだ後も嫌いな世界は続いていくし、その中に自分の死も埋もれていくということが我慢ならなかったから。こうしてみると嫌いなのは世界というより変化です。
ここまで憎悪するに至るには相当に悲しい過去が、ということは全然ないです。ヴェクセルバルクが概念交換というシステムで以て生きるように、こいつの在り方がそういう憎悪で成り立っていただけのこと。生まれつきこうだったという正真正銘の世界のバグです。バグという言葉の本来の意味である「害虫」という在り方がピッタリ。
コンセプトは「理解できない怪物」であり、ヴェクセルバルクの対。理解できてしまったらそれが崩壊してしまうので、ぽっと出みたいなラスボスの登場になっています。動機的にもそういう登場しかないですが。
一応、こいつが黒幕と推察できるところはいくつかあり、
・一人だけ五年前のことを「事件」と言い続ける
・ヴェクセルバルクが確認されたのはハーベスト内で異変が生じてからだというのに、PC1とミライに依頼を出したのは異常が発生する前→異変の以前からヴェクセルバルクを感知した上で動いている
・やっぱりどれだけ言い訳しても不自然な、一介の学生にかつての部下の仲介を頼む行為
こんなところでしょうか。
並べて書けばあちこちが雑ですが、結局はシナリオの最終局面の状態に持ち込むまでの時間稼ぎなのでこんなものです。あと、当人も語るようにここまでやっても何も変わらない公算の方が大きい、という諦めも根柢にあります。
その他設定
概念拡散度
概念という単語は、そもそもある事柄に対する認識、人がそれを用いる上での意味付けである。
この意味付けがどれほど強固なものなのか、逆を言えばその概念がどれほど曖昧なのか、というのを魔法学的な指標として相対値で表したものが概念拡散度であり、0を基準として高ければ高いほどに曖昧な認識をされる概念となる。
例えば「重力」という概念に対しては単純な下方への引力で取るアプローチもあれば、万有引力と自転遠心力の掛け合わせというより厳密な意味で取るアプローチもあるし、重圧の表現として用いる文学的な意味も持ちうる。このように、単一の概念が単一の意味付けのみされているということはなく、はっきりした形で提唱されるものはそうはない。そういった曖昧さを数値化したのがこの尺度だ。
基準点、つまり0の値は「死」であり、これだけはこの尺度において絶対の値。全てに訪れる「終わり」の概念であり、いかな魔法を用いてもこの概念には干渉できない。
いつものトンデモ理論。
ハーベスト始めたばっかりの頃に大魔法一覧を見ながら、「裏効果的に最強の魔法ってディバイン・プロヴィデンスなんじゃ……」と思った経験から作った設定。だって制限なしでこの大魔法の概念書き換えできるんなら二秒で世界が滅びるもの。
ヴェクセルバルクの力を利用して魔導次元中のこの値を引き上げ、カース濃度を上げるという手順で今回は世界が滅ぼされそうになっていました。「シヴュラがあの場にいる」「魔導ヘビを奪われていない」「PC達が間に合う」のいずれかが達成されなかったらゲームオーバーでした。ちなみにシヴュラは「出力ではなく相性の問題」とか抜かしていましたが、相性差を出力で押さえつけながらそんなことを抜かしてます。
魔導ヘビ
魔導カエルや魔導トカゲと同系統の魔道具であり、クルミが試作したものをグレイが持っている。
クリーチャーの心臓の組織から作られており、生成される微量のカースが元のクリーチャーのそれと共鳴することを利用し、クリーチャーと会話を行うことが可能。ただし、その心臓の持ち主及びそれと同種のクリーチャーのみにしか効果はない。
クルミが思うに、自分や仲間の心臓を一部削るような輩との会話に応じるクリーチャーはいない。効果を発揮しているヴェクセルバルクがむしろ異常なのだ。その点でこの発明品に特に価値は見出していない。そのために現存するのはヴェクセルバルク用のもの一つのみ。
ヘビの尾の部分を口に噛ませ、輪にして手首にミサンガのように付けて使用する。対象の身を削って作られる道具が、自らを噛むウロボロスをモチーフとしたデザインになっているのはクルミの根底、リアリストの側面の現れ。
クリーチャーとお話するための道具。ヘビにしたのは他の魔導~がカエルとトカゲで、ここに並べるならヘビかなという感じだったので。
上に書いているように、ヴェクセルバルク以外のクリーチャーに用いようものなら、同族を殺したことへの憎悪しかクリーチャー側にはないでしょう。
ブラウニー研究所
魔法省から直接研究を委託されている研究所であり、世界レベルの天才しか集まっていなかった。事故によってほとんどの人材が失われたのは非常に大きな損失だったといえる。
主だった研究はクリーチャーを利用したものであり、その生態系の解明で多大な成果を挙げていた。
事故当時のイメージはダリの「記憶の固執」。
実はシナリオオリジナルNPCが全部ここの関係者という。
所長のブラウニー・ロアーの名前は妖精のブラウニーとフォークロア(伝承)から。
ミライの父にあたるハウザー・ミューンはミュンヒハウゼンのもじり。実在の精神病から。ミライ由来のネーミングで、彼女のキューピット活動はある種の承認欲求でもあることから。
舞台裏
かっこつけた見出しですが、シナリオ制作の過程的なそれです。
TRPGシナリオに限らず、創作するときの自分は「これ書きたい」という思いつきをがーっとメモしたものを用意します。今回もそんなメモがありました。以下にコピペします。
賢者の贈り物
春梅未来 クルミ・シャギク
グレイ・エルト ヤルグ・トルア
ヴェクセルバルク(チェンジリング)
概念交換
概念拡散度
色盲
やりたいことが何一つ伝わらない最悪のメモ書きです。
とはいえこれを見れば分かるように、O・ヘンリーの「賢者の贈り物」を土台に据えるのは最初から決めていました。
そのギミックとしてあったのが概念交換であり、役割をあてがわれたのがグレイとクルミです。お互いの一番大事なものを交換し、失ってしまう、という構図になっています。このことを通過PLの方々に解説すると「グロすぎ」「人の心ない」「サイコパス」と言われました。心外です。
この概念交換というギミックを担当する存在としてヴェクセルバルクがいるわけですが、当初はそういった力を持つ魔法使いがいて、そいつをラスボスにして──という感じでした。
が、NPCを固めていく中でシナリオテーマの「不理解」にもっと則したヤルグというラスボスが完成し、それと対の形でクリーチャーでありながら、人間であるヤルグよりも人間らしいという存在のヴェクセルバルクとなりました。こいつが生まれたことでそれまでのシナリオ案を捨て札にしてよくなったので、ミスリード枠として中間までで使い捨てました。そこにラスボスのヤルグ爆誕までを付け足したという構図なので、このシナリオは実質二本分の内容になっています。長いはずです。
回してみると思った以上にジメジメしたシナリオだったのですが、最終戦闘前のPC1突入シーンでどうにかカラッとなってください。

