シフクハナシ~Symmetry and Chirality~

目次

【今回予告】

鏡合わせの見知らぬ貴方

鏡面、表面、其は境面

ぺたり這わせた掌は

しかし決して重ならず

透けたこの壁無ければと

嘆けどどこにも差異はない

 

魔法学園RPGハーベスト「シフクハナシ~Symmetry and Chirality~」

 

分かりあえずを解すなら

【HO】

PC1 コネクション:春梅 未来 (ハルウメ ミライ)

君は魔法学園ハーベストの学生だ。

君の腐れ縁の友人である春梅は「恋のキューピット」を自称し、「恋の香り」とやらを根拠に君を連れ回して様々な男女をくっつけるお手伝いをしている。

ありがた迷惑でないのが迷惑なこの行為に対し、ある一つの依頼が届いた。

曰く、ある男女の交際を手助けしてほしい、と。

いつもの通り、君は彼女に連れられてその手伝いとやらに臨む。

 

PC2 コネクション:グレイ・エルト

君は魔法学園ハーベストの学生だ。

ある日、君が学外へと出かけたとき、一人の男と出会う。

グレイと名乗る彼は絵を描いているとのことで、言葉通りにその後も何度か君は絵筆片手にあちこちを散策している彼を見ることとなる。

そんな折の学園での授業の際、君は著名なクリーチャー研究者の名としてグレイの名を聞いた。

 

PC3 コネクション:クルミ・シャギク

君は魔法学園ハーベストの学生だ。

ある日、学内の図書館に出向くと、車椅子の女性を見かけた。

調べごとに困っていた様子の彼女はクルミと名乗り、学園の生徒ではないが独学のために、一般開放されている図書館で勉強していると語った。

しかし、図書館での調べ物の際、君は彼女の名で執筆されたクリーチャー学の高度な論文を発見する。

【NPC】

春梅 未来

紋章魔導学科の女子。

「恋のキューピット」を自称し、生徒たちの恋愛相談やドロシーの恋バナに付き合ったり、あるいは男女をくっつける手伝いをしたりしている。

彼女が助けたカップルは実際幸せになれるとのことで、この辺りの審美眼は本人曰く「恋の香りを嗅ぎつけている」とのこと。

ちなみに彼女自身に恋愛経験はない。

 

グレイ・エルト

二十代後半に見える男。常に抱えたスケッチブックと気だるげな風貌が特徴。

あちこちに出没しては絵を描き、その場にいる誰かにあげては去っていくということを繰り返している。

絵の出来は上手いと言い切れるものではないが、不思議と惹かれるものがあると評判。

しかし売るわけでもない絵を描き続けてどうやって生活しているかは不明。

 

クルミ・シャギク

歩けないらしく、車椅子を使っている女性。

柔らかな雰囲気を身にまとい、ころころと笑う日だまりのような印象を受ける。

ハーベスト図書館に来てはそこの本を読んで勉強をしている。

学園では初歩とされるような内容からであっても懸命に学んでおり、着実に知識は蓄えていっているらしい。

【シナリオ本編】

シーン1「賢者と愚者」(マスターシーン)

声は問う。

その先に貴方の望む未来はないと。

「そんなはずがあるか!」

激昂した、感情のままの否定が重く、一つ。

「お前がお前の機能を果たすだけじゃないか! それで全部解決だ! 俺はどうなったっていいんだ、だから彼女を……!」

なおも声は、悲しげに、寂しげに、言い募る。

だけ、などと言ってくれるな、と。

それがどれだけ困難なことかは分かっているはずだ、と。

「そうだろうな、だがそれはお前に根付いたシステム、本能だ──違えることはできないだろう……!」

ぎり、と。

歯を噛み砕こうかという強さの言葉は、きっとその瞬間が決定的だったのだ。

声は、諾を告げる。

分かった、と。

もはや分からないことが分かった、と。

ぼう、と光が灯る。

それは告げられたようにシステムであり、しかしそれまではある種の神秘、暖かさを以て稼働した輝き。

今は違う。

どこまでも悲しく、寂しく、何より無情に光る。

輝きは広がり、輪となり、陣を構築し、そして──

 

この日。

世界有数の賢者は愚者へと落ちぶれた。

 

シーン2「PC1とミライ」(PC1)

それはPC1が入学して間もない頃の放課後、春が終わった直後の夏の入り口。PC1の自由時間であり、帰って宿題なり復習なりしようとしていたかもしれない。

だがそんな平穏はある声でぶち破られる。

「えー、あー、そこの君! ちょっと手伝って!」

それは元気な少女の声、そしてどたどたと賑やかにこちらに駆けてくる足音。

急ブレーキの制動音のようなものさえ響かせてPC1の眼前に停止したのは肩口で切りそろえたショートカットの少女。

びっ、と指を突きつけ、

「ちょっと、ちょっとでいいの! そんな大変じゃないし、すぐ終わるから!」

「お願い事情を聞かずにこれを受け取って!」

そんなことを言いながら押し付けてくるのは桜の花びらの入った手のひら大の箱と魔導カエル。

無理矢理に持たせ、近くの木を指差し、

「そんでそこに上る! あとはそのカエルで私が合図出したときに花びらまいてくれればいいから!」

ろくに説明もないのに勢いに押し切られる形で木を登らされるPC1。

春も終わり、もう桜も散って葉桜になりかけている。鬱蒼というほどではなくても生い茂ったそれらのせいで下の様子はろくに見通せない。

そのまま待つと魔導カエルから声が飛ぶ。

「今、今! 花びらお願い!」

声に従って訳も分からず花びらを撒き、そして沈黙が支配することまた数分。

「終わったよー、降りてきて大丈夫」

魔導カエルからではなく、直接声が聞こえてくる。

降りれば先程の少女が笑顔で待ち構えている。

「ありがとう、助かった! 君のおかげで今日のキューピットも大成功!」

「名乗ってなかったや、私、春梅未来! みんなの恋のキューピットだよ!」

「む、ウケがイマイチだね。実際、ドン引かれること多いけどさ、この名乗り」

「さっきのもそうだよ、女の子からのお願いで告白のお手伝い! 雰囲気作りのために桜吹雪使おうと思ったはいいんだけど、あの位置からじゃタイミング計れないって直前も直前で気づいてさあ。誰かお手伝いを願おうとして探したけど見つからなくて……君がいてよかった。購買で慌てて買ったカエルが無駄にならずに済んだよ」

実際、手渡された魔導カエルはきちんとした連絡に使うようなものとは違い、ある程度の距離でないと声が届かない安物だ。

「桜が思い出の花、って依頼主の女の子が言ってたからさ。この季節の桜吹雪、っていう奇跡というほどじゃないけど、珍しい幸運みたいなのがあれば、あの子も勇気を出せるかなって」

「いやー、でもいい働きだったよ君。タイミング完璧。いい雰囲気で去っていく二人が見れて私も彼、彼女も満足──君だけがその様が見れなかったのは残念」

「報酬代わりにもらっといてよ、そのカエル──もしかしたらまた使うかもだし」

しきりに礼を述べ、少女──ミライは歩き去っていく。

その日から度々、PC1は紋章魔導学科の「恋のキューピット」の噂を聞く。

恋に悩む男女の話を聞いて勝手に世話を焼いたり、あるいは依頼を受けて動いたりする女子生徒だ。

しかし、PC1は噂を聞くばかりではない。度々魔導カエルから響く声に、つまりは噂の主に振り回されることになる。

「ごめん、今日も今日とてお仕事だよ! 報酬は誰かの幸せってことで!」

「キューピットのお手伝いだぞ、もっと喜んだってバチは当たらないって!」

口勝手にそんなことばかり言ってPC1を連れ回すミライではあったが、キューピットを名乗るだけはあり、依頼されればほとんどの男女の告白を成功させるようにお膳立てしてみせた。

そんな「お仕事」に付き合わされながらPC1はミライとの腐れ縁を続けていく。

それは、二人がもう院か卒業かの進路を見据え始める頃であっても同じく。

 

シーン3「PC2とグレイ」(PC2)

PC2が一人で学外の街に出かけたときのこと。それは単に買い物であったり、あるいは散歩していたりしたときだったかもしれない。

ともあれ、街を歩くPC2にかかる声が一つ。

「よお、そこの──多分ハーベスト学生?」

「身構えんなって、ちょいと聞きたいだけだよ。この辺の地理に疎いもんでな」

「俺はグレイっていうんだが、このナリで絵描きの真似事なんかしていてな。最近になってこっちに来たんだが、さてどこを描いたものかと悩んでいるとこなんだ。見たとこ、アンタはハーベスト生っぽいし、だったらこの辺にも詳しいんじゃないかと思ってな。なんかないか、いい絵が描けそうな景色のあるとこ」

否が応でも案内をする羽目になるPC2。どこかに案内すると、納得したようにグレイは頷き、

「モチーフとしちゃあ悪くない。ありがとな、いい絵が描けそうな気はする」

「礼代わりに一枚やるよ。生憎と値はつかないがな」

そう言うとスケッチブックから一枚破り取って渡してくる。

描かれているのはどこと判別はできないが風景画だ。絵に疎くとも、素人のそれよりは上手いが、確かに芸術的な価値がつくような絵ではないと分かる。それでも、淡いタッチの筆と色で描かれた絵はどこか惹かれるものもあるのも事実だ。

渡した絵には興味なさげに、グレイはさっそく案内された場所で構図を取り始めている。見ていればやがてスケッチブックに筆を走らせ始める。

「待っててもなんもねえぞ。こんな絵が何枚も欲しいなんて物好きでもないだろ」

「絵の完成を待っているっていうんなら、やっぱり時間の無駄だって言うね。すぐにできるものでもないしな」

実際、書いて消してを鉛筆で繰り返す絵は完成がすぐには見えそうにない。それでも近くで見ていれば「物好きの類だったか」とぼやいて度々話しかけてくる。立ち去る場合でも止めてこない、どころかそもそも気にかけていない。

残る場合はしばらく経ってから、

「ま、こんなもんか。アタリ取れたし完成イメージ湧いたし」

「帰るか。アンタも、次に会うときがあったらまた案内頼むかもだ」

絵筆とスケッチブックを仕舞い、グレイは立ち上がる。閉じる寸前のスケッチブックには眼前の景色の似姿程度の下書きは出来上がっていた。

言葉通りにグレイとはそこで別れることになる。

だが、数日経ってからPC2は友人に街でこんなものをもらった、とある絵を見せられる。

それはグレイがあの日に描いていた、あの日PC2が案内した景色の絵だった。

以降、ハーベスト内でも度々、グレイという絵描きの噂を聞く。

絵をもらう生徒も何人かおり、もらった絵には幸運が宿るなどという話まで飛び交う。

そんなこともあり、PC2の脳裏にはグレイという絵描きの名前が残ることになる。

 

シーン4「PC3とクルミ」(PC3)

それは授業の調べ物でPC3がハーベストの図書館を訪れたときのこと。

書庫で目的の本を探していると、からからと車輪の転がる音と「ええと……」と女性の声がする。

そちらを見れば空色の髪の女性が、車椅子で書庫の間を巡っていた。勝手分からず、といった調子なのは明らかであり、車椅子なのもあって苦労している様子なのは明らかだった。

近くには誰もおらず、手助けできそうなのはPC3くらいだ。

スルーしてても「あの……」と女性から声をかけてくる。

「その、私、ここの学生じゃなくて、外部の人間なんですけど……いくつか借りたい本があって。でも、場所が分からないのでできれば教えてほしくて……司書さんも出払っているみたいなんです」

「借りたいのは『クリーチャー学入門』と『呪われた生命を学ぶ』と『カース感染の全て』と……」

リストアップされる書籍は聞き覚えがあるが、全てハーベストでは一年で取り扱うような内容のものだ。

学生なら誰でも知っているタイトルであるがゆえに、PC3も図書室内のその本の場所は把握している。

案内すれば「ありがとうございます」と礼を言われる。

ただ、そこからどこかおどおどと、それでも確かに付け加える。

「その、時間があるなら分からないところを教えてもらいたくて……一人じゃちょっと厳しいんです」

PC3はこの後の授業もなく、女性の頼みを聞く時間くらいはある。なんとも断りづらい雰囲気のその頼みをPC3は聞き入れることになる。

「わあ、ありがとうございます……! 自己紹介しておきますね、クルミ・シャギクと言います。言ったように独学で色々学んでいるところで……」

「理由ですか? ちょっと頑張ってみようと思ったきっかけがあって、手始めがこの勉強です」

「初歩──始めの一歩でしかないのは分かっているんですけど、それでもやれることはやっていこうと思って」

そんなことを話しながらともに借りた本を使って勉強を進めていく。その合間にも他愛ない世間話を繰り返す。

PC3はそんな中で段々とクルミの口調が砕けたものになっていくのに気づく。当人はそれに気づく様子はない。

「はあー、今日はおしまい、ここまで! 一気にやっても身にはならないっていうもの!」

「……あ、ごめんなさい! ちょっと気安くしすぎ……仲良くなれたと思ったらすぐにこれなのだもの。迷惑じゃ、なかった?」

「気にしないのであれば、この話し方の方が楽なのだけど……」

最初に話したときと違い、クルミは外見に反し、非常に幼い、天真爛漫とも取れる態度だ。おそらくはこちらが素なのだろう。

ころころと笑う彼女は、日だまりのような暖かさがあった。

「それでね、もしよければ、でしかないのだけど……」

「あなたの時間があるときでいいの。今日みたいに、私に個人授業してもらうことって可能かしら?」

「やった! ありがとう、これからお願いね、先生!」

個人授業への承諾を出せば、心底嬉しそうにクルミは笑った。

 

シーン5「キューピットと手紙」(PC1)

PC1の授業帰り。

聞き慣れた声がうるさく響く。

「PC1―! 見て見てー! お手紙―!!」

ミライはうるさく言いながら、ぐいぐいと手紙を押し付けてくる。

見れば、それは学外から来たらしき封筒に入ったものだ。「春梅 未来 様へ」と丁寧に記されている。封筒自体はすでに開封されていた。

中身は、

『突然のお手紙失礼します。ヤルグ・トルアと申します。ハーベストにて、恋愛相談のようなものを受け付けている生徒がいて、それも大変に腕がいいとの噂を聞いてこちらの手紙を差し上げました。

詳しくは会ってお話したいと思いますが、故あって離れる他なくなった男女を一組知っています。言ってしまえば関係者である私にも忸怩たる思いがありまして、願わくばその手腕によって、かの二人を再会させることはできませんでしょうか』

そんな文言と一緒に、応じてくれるなら、今週末の日付とある住所が記されている。詳しい話はそこで、ということなのだろう。

ミライは得意満面の顔で、

「実績が認められたってわけ! いやあ、外から依頼が来るなんてついに私も世界進出かな?」

「もちろん受けるよ、困っているみたいだし。私の力でそれが助けられるなら当然行っちゃう」

「君にもついてきてもらえるならありがたいなー、無理にとは言わないけどー」

そんなことを言いながらちらちらとPC1を見ているミライは、どう考えてもPC1についてきてもらう気満々だ。

PC1とて、彼女一人で動いたときにどれだけ無茶苦茶をやるのかは知っている。自発的であれ押し切られる形であれ、彼女に同行することになる。

「じゃあ今週末ねー!」

手を振る彼女とはそこで別れることになる。

 

シーン6「画家と絵」(PC2)

PC2がまた街を歩いているとき。

ベンチに座って噴水のある広場を描くグレイを見かける。

歩くPC2に気づいたか、向こうから声をかけてくる。

「おや、いつかの。あのときは助かった。あの絵をきっかけにして街の面子に馴染めたから、結果的に架け橋だった」

「お陰様で好き好きに絵を描けているよ。久々だなあ、この感覚は。ぼーっと何も考えずに筆を滑らすことができる」

「幸運を呼ぶ絵かあ、そいつはいい。知られることは願ったりだ」

自分の絵が誰かに知られていることを無邪気に喜び、世間話をする中で、こほんと咳払いをして、グレイはちらりとPC2を見やり、

「物の序でで尋ねるんだがな。アンタ、この辺で車椅子の女の子を知らないか?」

「こっちの方で暮らしてるって聞いたから、多分この辺りだとは思う。街を歩いているときに見かけたりとか……さっき言った通り、車椅子で、あとは空色の髪が目立つか?」

PC2はそんな女性は知らない。

その旨を伝えても特に気落ちした様子もないグレイは、

「そうか。確証が得られないのはちと不安だが、まあこの辺にいるなら届くだろいつか」

「……いや、こっちで絵を描き始めたのはメッセージみたいな側面もあってな。直接じゃあなくていいから何か届けばそれでいい。傲慢かもしれないんだが」

「人の過去のあれこれを詮索するんじゃないよ。面白くもなんともないから黙秘権を行使するぜ」

実際、その質問に関して彼はそれ以上何か言うことはない。

「それより前に教えたところ以外で何かないのか、絵のモチーフによさそうな場所」

「筆が乗り始めているし、まだまだ描けるぞ。お代は、またスケッチブックから一枚でどうだ?」

 

シーン7「怪物と欲」(全員)

必修科目「カース感染学応用論A」の時間。講師はアスタロト。

いつもどおり、チャイムと同時に教壇に現れたアスタロトはざっと生徒を睥睨し、一つ頷いてレジュメを魔法で飛ばして全員に配布する。

この授業は同じく必修科目であった「カース感染学基礎論」の内容をさらに発展させ、カース感染についての最新の研究も交えながら、より理解を深めるためのものだ。学部生の授業でありながら一部には院で扱うような内容も含まれており、難しいと面白いという感想で二分されるような授業である。

「さて、本日は前回予告したように、カース感染によって増幅される『欲望』の話となる」

「そもそも欲望という単語そのものが様々な意味を含む。生理的な欲求、即物的な願望としての物欲、他者と友愛や理解で繋がろうという承認欲求とて欲望だろう。しかし、カース感染においての欲に関してはそうしたものを含めた上でのもっと広義な定義がなされる」

「それは『よりよい生を求めての適応』というものだ」

「実際にあるカースの例を紐解いて……『力が欲しい』というものなら、単純にそうした力を用いて好きに生きることができるだろう。私の生成するカースの増幅する欲望についてもだ。庇護欲、『誰かを守りたい』は大切な誰か、自分の人生にとって必要な誰かとこの先も共に在りたいというものに通じる」

「他にも幾らか例はあるだろうが、基本的にはそうした、自分がよりよく過ごすための、ある種の生物の本能的側面に則った『適応しよう』という意思をカース感染において『欲望』と定義する」

「適応とは大なり小なり変化を含むものだ。自己に対する変身願望でも、あるいは周囲に対しての変化を求めるものでも。先に例に挙げた庇護欲とて、放っておけば傷つくはずだった誰かを守る……自然に訪れるはずだった変化を拒む、という本来の流れからの変化を求める。もちろん、何がしかの変化が起きるのは生きていく上で当たり前だ、それらは相対的なものだからな。そうした変化を劇的に引き起こそうと──より直接的に、もっといえば破滅的なまでに変化を求めるのが一般で言うカース感染だ」

「この定義に関してはクリーチャーがカースを生成するのは何のためか、という研究から見出されたものだ。近年ではこの定義に沿って、カースとはクリーチャーの生存形態の伝播なのだ、という説もある。この説に関しては脱線である上に、内容が煩雑であるために今回は省くが──興味がある生徒は私まで質問に来ること」

「さて、件のカース感染による欲望、ここについては新しく提唱された基準があり──む」

つらつらと話していたアスタロトがレジュメに目を落として「ああ、なるほど」と言葉を止める。

「一応確認するが、この中で『概念拡散度』という用語に聞き覚えがある者は?」

誰も反応しないのを確認し、アスタロトはもう一つ頷く。

「そこに関しては『魔法学から見る概念定義』で扱う予定がある。この授業でそこを見るのはその後の方がいいだろう」

告げられた科目もまた、院に進む上でも使う知識を扱う内容を含んだ必須科目だ。担当はシヴュラであり、PC達も履修している。

「──課題でも出すつもりだったが、予習をしておきたいなら資料として……グレイ・エルトの『定義:概念拡散度の定量的解析』を読んでおくといい。新しい論文で、図書室でコピーは取れるはずだ」

淡々と告げ、板書として隅に同じ内容を書くと話を続ける。

以降も淡々と授業は続く。

「……時間だな。課題として、先に述べたグレイ・エルトの『定義:概念拡散度の定量的解析』の他、ブラウニー・ロアーの『概念交換に見出されるクリーチャーの生存戦略』、ハウザー・ミューンの『概念拡散度から見るクリーチャーのカースピラミッド』、これら三つの内から一つを選び、要約してくること。提出は次の講義のときまで。何か質問のある者は?」

誰もいないことまで確認し、アスタロトは魔法陣と共に姿を消した。

 

シーン8「研究者と論文」(PC3)

その日、PC3はクルミとの約束があったわけではないが、『カース感染学応用論A』の課題のために図書室を訪れていた。

クルミとの授業のために通う中で顔見知りになってしまった司書が、

「あら、PC3さん? 今日はクルミさんはいらっしゃってないわよ?」

「なるほど、授業の課題で……要約するよう言われた論文のタイトルを言ってくれる? コピーなら全部出せるはずだから」

「先輩面して、ひとまず全部序論、導入部分を読んで興味が出たものだったり理解が楽そうなものだったりを使うのをおすすめするわ。序論って要は著者自身による要約だから」

そんなことを言いながら司書は論文のコピーを出してくれる。

序論だけを読み進めれば、PC3は気になる記述を発見する。

それはグレイ・エルトの論文『定義:概念拡散度の定量的解析』の序論の一文だ。

『この論文の先行研究としてクルミ・シャギク氏の「カース感染における『欲望』の再定義の提唱」を挙げるものとする。著者はこれ無くしてこの研究の完成はなかったと強調するものである』

図書館のコンピュータで調べるなり、司書に尋ねるなりすればこの論文も出てくる。

「あんなに通ってくれていたのに、まさかちゃんと学会通しての発表までしていた研究者だったなんて……初耳ね。言う義理がないにしても言ってくれてよかったのに」

と司書は不思議そうにしている。

クルミの名で出されたその論文は、中身はアスタロトが授業で語った内容に関して、カース感染研究における『欲望』という概念を再定義する意義と具体的な定義の方法について述べられたものだ。かなり高度なものであるため、学部生クラスの知識では半分理解できればいい方なレベルのものだった。

そんな論文を読んでいるところでPC3に声がかかる。

「あら? PC3さんじゃない。偶然ね」

それは車椅子を転がしながらやって来たクルミのものだ。いつも通りににこやかに、

「学園近くに用があったから、せっかくだしこちらで予習でもしておこうと思って寄ったの。PC3さんはなんでここに?」

「ふうん、授業の課題……私が分かるレベルの研究じゃないんでしょうね」

しかしPC3がクルミの論文について聞いたり、あるいはクルミがその論文を見つけたりすると彼女は若干ではあるが表情を曇らせる。

「ああ、それだったの……懐かしいわね」

「昔取った杵柄、って言うのかしら。今はとてもじゃないけどそんなもの書けないわ」

「昔の私が書いたものなのに間違いはないし、それを恥じたりもしないけど……書いた後で、色々あったものだから話しにくくはあるの」

「ごめんなさいね。やっぱり今日はお勉強はやめておくわ。課題、頑張ってね」

明らかに逃げるように、クルミはその場を去ってしまう。

 

シーン9「依頼と悲劇」(PC1)

それはミライに指定された週末、ヤルグ・トルアを名乗る人物からの依頼説明の日。

示されていた住所付近の喫茶店でPC1とミライは待ち合わせをしている。

ミライは待ち合わせの時間ちょうど辺りにやってくる。

「やっほー。いやー、いよいよ私達の世界進出の日だね」

「いや、お仕事だからマジメにやるけどさ。これで街の人からも依頼が、なんてことになったら大躍進だよね!」

皮算用をかましながら喫茶店を出ると、ミライは指定された住所へ向かう。

そこは一軒家であり、外から見て一人用だと分かる大きさだった。

ドアノッカーを叩けば「少々お待ちを」と青年の声が応じ、やがて扉が開く。

金髪の青年が顔を覗かせ、

「──ああ、春梅未来さん……とその相棒さん、と聞きましたが合っていますか?」

「よかった。玄関で話すのもなんですから中へ。お茶くらいはお出しします」

言って、彼は家の中へ招き入れる。

質素な調度品が、しかし家主のセンスを感じさせる形で並べられた部屋は、静謐でありながら並べられた数多の書物が知識を語りかけてくるような錯覚さえ覚える。

「さて、では自己紹介を。ヤルグ・トルアといいます。今日はどうもありがとう」

お茶を出しながら席を勧め、青年──ヤルグも席につく。

「来てもらったということは依頼についてとりあえず話は聞いてもらえるようで……どこから話したものかな」

「やはり、始まりからか。お二人は『ブラウニー研究所』という名前に聞き覚えは?」

ミライは首を振るし、PC1にも聞き覚えはない。

それを確認してヤルグは一つ頷き、

「かつてあったクリーチャー研究所でして、私の職場でもありました。依頼したいのはそのときの部下二人に関してです」

そう言って写真を2枚取り出してくる。

「グレイ・エルト君とクルミ・シャギク君です。当時から仲はいい二人で……というより周囲も公認の仲とでも言うべき二人でした。からかいの種にする気もしないくらいにお似合いの二人でね」

「ですが──五年前の事件が契機となって全て変わってしまった」

ヤルグは一枚の新聞記事を差し出す。

そこにあるのは焼け焦げた何かの施設と思しき写真と見出し。

『ブラウニー研究所で事故 研究クリーチャーの制御に失敗か』

小見出しで『ブラウニー所長の行方分からず 関連性を捜査』の文字もあった。

「我々が行っていたのはあるクリーチャーの研究が主でした。そうである以上はこういった事態もありえはしましたが……それにしてもあれは凄惨と言わざるを得なかった」

「守秘義務が生きているのでクリーチャーの詳細については伏せさせてください。ともあれ、この事件が原因でクルミ君は歩行能力を失うことになりました。そしてグレイ君はそこに責任を感じ──というより、自分のせいだと思っている節があります。何があったかは当人達だけしか詳しくは知りえませんが……推測はできます。件のクリーチャーは簡単に、問題にならない範囲だけで告げるなら、世界の概念に干渉する能力を有する非常に強力な個体でした。事故の当時にあのクリーチャーの近くにいたのが彼らであったのを鑑みるに、おそらく彼は対応を間違えた」

「結果として、この件は二人が仲違いするような形で終わっています。あれほど仲が良かった二人が、と言ってしまうのは簡単だ。ですが、もしもあの研究に携わることがなければ、と私は思わざるを得ない。だから今回の依頼は、かつての上司のお節介であると同時に、あんな結果に終わった研究への罪滅ぼしでもあります──つまりは私のエゴだ。でも、あの研究がなければ、あの二人はあんなことにはならなかった」

「同じ研究者の側であった私の言葉は……彼らには無意味でした。ですが、あなた方のような第三者の言葉であれば、そういった方からの慰め、許し、そんなものがグレイ君とクルミ君には必要だと思うのです」

そこまで語ってからヤルグは丁寧に頭を下げ、「よろしくお願いします」と告げる。

ミライに迷う様子は微塵もなく、

「任せてください! ──絶対に幸せな結末にしてみせますから!」

以降は彼女がヤルグから必要なことを聞き取って別れることとなる。

別れ際、再び「では、よろしくお願いします」と頭を下げるヤルグに笑顔で応じ、ミライは家を出る。

 

シーン10「憧れと恋」(PC1)

ヤルグの家を出た後、ミライはメモを取っていた手帳とにらめっこしながら、

「何はともあれ、今のこの二人……グレイさんとクルミさんがどういう状態か、どんな気持ちなのかってところを調べないと。もうどうやったって無理だ、なんてこともありえるし」

「人を好きになるって、相手のことを全部知りたいっていう興味でもあるから──会ってない間で知ってたらおかしいことを知ってる、あるいは不自然なくらいに何も知らない。脈があるとしたらその辺りかな」

「……かつての知人なのに何も知らない、は意図的に情報をシャットダウンしてないとありえないもの。それはその人について何も知りたくないくらい本当に嫌いになってしまったか……あるいは何かしら、後ろめたい、『自分が会っていいはずがない』なんて罪悪感を抱いているか」

普段はよく言えば元気溌剌、悪く言えばアホの子の彼女らしからぬ口調でつらつら並べ、ふとPC1を見て心外といった顔をする。

「こいつこんなに考えて動いてたのか……みたいな顔してるね! 天使を自称するからにはこれくらいはね!」

「『恋の匂い』って言ってはいるけど、要はさっき言った『相手を知りたい』が全部だからね。そういう気配があれば、あとは背を押すだけでいい。逆言えば欠片もそんな気配ないなら何しても無理かなー」

「──私の思う理想の二人が『賢者の贈り物』ってお話の二人だからさ。知ってる? クリスマスのお話なんだけど」

「クリスマスの贈り物に、夫に時計用の鎖を選ぶけど貧乏でお金が足りなくて──それで自慢の髪を売って鎖を送るんだよね。でも、クリスマス当日に夫から時計を売って買った櫛を贈られる。鎖をつける時計も、櫛を通す髪もない、もう二人にとって無意味でしかない贈り物を受け取って──それでも、その日で一番幸せだった二人の賢者のお話」

「本来なら二人で完結させないといけないような『誰かを好きになる』っていう行為に首を突っ込む以上はさ、これくらい素敵で幸せな二人になってほしいの──そんな二人が、私の思う幸せな二人だから」

「幸せの受け取り方なんて人次第なんだから、余計なお節介って言われたらそこまでなんだけどねー」

からりと笑い、彼女は手帳を仕舞いながら、

「とりあえずは二人に関しての聞き込みから。学園がもうすぐで連休だから、そこを利用したいかな。私は家に帰るつもりないし──君はどうする?」

「ひとまずこういうときの最大の情報源から当たってみるかなー。何か分かったら連絡するね!」

PC1の同行の有無に関わらず、最初はミライ一人で調査を始める。

 

シーン11「意味と定義」(全員)

必修科目『魔法学から見る概念定義』の時間。講師はシヴュラ。

院の内容である概念魔導につながる内容を取り扱うものであり、魔法による既存概念への干渉及び魔法学での概念という存在の意味合いを学ぶ。

アスタロトの言っていた授業であり、彼が口にした『概念拡散度』についてが今日の講義内容だ。

チャイムが鳴り終わると共に、シヴュラはゆっくりと話し始める。

「今日は概念魔導においても比較的新しい考えである『概念拡散度』についてだ。ややこしいことに、これはそもそもクリーチャー研究の過程から提唱されたものだから、禁呪魔導の内容にもまたがる。この辺りはアスタロトからも聞いたかな?」

「さて、そもそも散々口にしている『概念』とはなんだ、という話からしておこう。おそろしく単純に言ってしまえば、『AはBである』という定義、意味付けそのものが『概念』だ。『魔法はマナというエネルギーを用いて行う技術である』みたいにね」

「そして、そんな概念に干渉することで魔法の効果をより高めるのが僕が教える概念魔導であり、その極地ともいえるのが大魔法『ディバイン・プロヴィデンス(森羅万象の深理)』だ。既存の概念に干渉し、法則を書き換えることができる──ところで、君たちの中にこの魔法について不思議に思った生徒はいないかな?」

「『好きに法則を書き換えられるなんて、悪用しようとすればいくらでもできるじゃないか』と。極端な話、人間の寿命を一気に縮めるような法則を成立させれば、それだけで人間社会は滅亡する。しかし、この大魔法によってそんな危機に陥ったことは一度とてない。なぜか、というところを明文化することを可能にしたのが『概念拡散度』だ」

「これはゼロを基準として表される相対値なんだが、簡単に言ってしまえば既存の概念がどれだけ曖昧なものなのか、というのを数値化したものになる。先程挙げた魔法の例でいくなら、さっきの定義は魔導次元で魔法を学ぶ僕たちだからできる定義だ。現実世界なら『魔法とはオカルトである』『魔法とは科学を超越した超自然的な能力である』なんて定義になるだろうし、『魔法とはできもしないことをやってのける比喩である』なんて考えもできるだろう。こんな風に、一口に『概念』と言っても、その内容は事柄によって様々で、曖昧だ。その曖昧さを魔法学に落とし込み、計算によって数値にできるようにしたのが『概念拡散度』──ちなみに『魔法』は概念拡散度で表すと約0.96だ。高いほどに曖昧である数値で、これは他と比べれば低い方」

「そしてこの数値は基準はゼロだと言ったが、一種の指標となるのは1のときだ。数値1以上の概念で初めて『ディバイン・プロヴィデンス(森羅万象の深理)』による干渉が可能となる。世界滅亡につながるようなレベルでの巨大概念は1未満の数値ばかりでね、これによってこの大魔法の簡単な悪用は難しいと論理的に説明できるわけだ」

「別にこの大魔法に限らずとも、この値は概念魔導における難易度としても機能する。数値が高いほど曖昧な概念であり、干渉がしやすいということなのだから。明確にかっちりと定まっているものより、どうとでも取れる事柄の方が弄りやすいのは道理だろう?」

「──脱線にはなるが、この考えは元はクリーチャー研究から生まれたものだ。きっかけは君たちの先輩が提唱した説だよ……ふむ」

そこでふと言葉を途切らせ、シヴュラは魔法で拡張されていても、聞こえるか怪しいといった声量で独りごちる。

「──クルミ君もあの事故以降は活動を聞かないな」

次いで、それを断ち切るように、

「とはいえ理論を完成させたのはグレイ・エルトという別な研究者だ。おそらくは図書館に論文も──ああ、アスタロトからの宿題でもあったんだっけ?」

「計算方法自体は概念魔導どころかクリーチャー学も関わる複雑なものだが、入り口も入り口くらいなら君たちでも扱える。というわけで今日はその演習をやっていこう」

その後はシヴュラの解説を受けながら、この理論についてもっと詳しく学ぶこととなる。

 

シーン12「成果と動機」(PC2)

PC2による街歩き。今日は学園になかった資料を探しに街の図書館へ、アスタロトの出した課題のための調べ物の必要があった。想定は名を知っていたグレイの論文について。

街路を進んでいればもはや当たり前のようにグレイが寄ってくる。

「俺がぶらついてる日しかないからとはいえよく会うなあ、おい」

「持ち物からしてなんかの課題か? 方向も図書館の方だし」

いつも通りの軽い調子で話すグレイだが、論文のことを言うと露骨に顔を曇らせる。

「過去って言い切れるほど昔でもないが……それでも遺産みたいな代物だな。ハーベストで扱われるような大層なものに仕上がってたか」

「それ関連の収入で生きてる身で何も言えやしないが──所詮は借り物で完成したものだよ」

グレイは論文に関してはそれ以上は何も言わない。

苦い表情のまま、彼は一枚の絵を取り出す。

「これ、前に言ってた礼な。見かけたときに渡しておこうと思ってた、覚えている内にやらないと忘れるし」

「そのつもりだけで声かけたんだけどな……いやあ、逃げられないもんだ」

言葉通り、絵だけ渡してグレイはその場を去っていく。

他の絵と同じように、別段、特別さのない構図に、不思議と惹かれる色彩が塗られていた。

 

シーン13「絵画と過程」(PC1,PC2)

調べ物を終え、PC2が学園に戻ってきたとき。

「あら……ちょっと、そこの。今持っている絵を見せなさい」

そんな声をかけてくる身長120cmほどの少女。

返答に関わらず、半ば無理やり、しかし傷つかないようにしている丁寧さも感じる手付きで絵を奪われる。

少女はじっとその絵を眺めながら、

「……グレイ・エルトね。この絵の作者、そうでしょう?」

「やっぱり。ひどくタッチが荒れてた時期があったけど……復調、とは言わないけど、何か吹っ切れたのかしら」

呟いて、それきり興味を失くしたとばかりに絵を返す。

だがそのまま続けるように、

「ついでで答えなさい、ドロシーの奴はどこ? 呼び立てておいて迎えの一つもよこさない学園長よ」

「こっちに依頼しておいて、あいつは本当に何しているのかしら……」

ぼやくように言う少女の言葉に応えるように、横を歩くミライと何事か話しながらドロシーが歩いてくる。

「そんなわけで、私もクルミちゃんは覚えてるけど、そのグレイって子は知らないから……少なくともハーベストの卒業生じゃないね」

「そっかー、じゃあそのクルミさんの連絡先とかだけでも分かる?」

「知っててもそれ教えるのは個人情報がどうとかに引っかかりそうで……」

「えー」

そんなことを言っているドロシーの元へ少女はすたすたと歩み寄りながら、

「人を呼びつけておいて生徒とおしゃべりなんて、いい性格していることね」

「あ、ルイズ! 調査のことかな」

「ええ。といってもすごく単純な結論。『焔の女』の封印に異常はなかったし、あのときとはどうも違う形での事件みたいだし……この件については私は当てにならないと思ってちょうだい」

「そっか……まあ、お礼は言っとくよ、ありがとね」

「どうも、それより気になる名前を出していたわね」

「名前?」

「グレイって……ちょうどそいつの話をしていたところよ、ほらそこの」

PC2へとルイズはこちらに来るようにとジェスチャーする。

近寄れば手にした絵を指差しながら、

「それ、グレイの奴が描いた絵よ。というか聞いてなかったけど、あなた、それどこで手に入れたの?」

「ふうん、こっちに来ていたのね。初めて聞いた」

他人事で語るルイズの横からずいっと顔を出しながら、ミライがPC2へと、

「グレイさんの知り合い!? 私、ちょっとした事情で彼に色々聞きたくって……連絡取れるなら会いたいんだけど──ああいや、ちょっと待って」

ミライは携帯でPC1へと連絡を取って呼び出そうとする。

「ええとね、グレイさんのこと知ってる人がいて……ドロシー先生が知らなかったから、ハーベストのOBじゃないんだよ、論文出してるとか言ってたからてっきり生徒、院の卒業生とかだと思ってたのに。ヤルグさんもこっちの方にいるってことだけ知ってて、今の連絡先は分からないって言ってたから正直手詰まりだったんだよね。これ逃す手はないよ!」

有無を言わさぬ調子でミライはPC1も合流するよう告げる。

PC1が合流したところでミライは事情を説明する。

傍で聞いていたルイズが納得したというように頷きながら、

「五年前の事故、ね。ちょうどグレイの絵が荒れ始めたのがその頃だわ」

「グレイはね、以前は画家として度々コンクールに絵を送ってはそこそこの賞を獲得する、それなりに名の売れた画家だったの。でもある時期を境目にして、基本すら成っていないような、絵として成立してないようなものを描いていた頃があって──それを最後にぷっつり作品が途切れたの。行方まで晦ましてね」

「結局はどこかで折れる凡人止まりだったのかなんて思っていたけど……前とタッチこそ違うけどいい絵を描くようになっているじゃない」

ルイズは彼女を知る人が見れば驚くだろうというような素直さでそう褒める。

「やっぱり、事故がきっかけで何かあって……」

ミライは考え込んでいるようではあったが、ぱっと顔を上げてPC2へと、

「ねえ、今度街を案内してくれない? いつもこの辺でグレイさんに会うー、って場所にさ。それでもって私達をグレイさんに紹介までしてくれたらもっといいな」

『私達』のところでPC1をぐいぐい押し出しながらミライが頼み込む。

了承すれば、「じゃあこれ連絡先ね!」と勝手にPC1の分まで交換してくる。

「やったあ、渡りもついて一歩前進だ! ありがとね」

くるくる回って喜ぶミライへ、ドロシーが、

「あ、クルミちゃんについてはシヴュラがなんか言ってた気がするから、そっちに聞くといいかも」

「はーい、ドロシー先生もありがと!」

手を上げて応えるミライに手を振り返し、次いでドロシーはルイズへ手招きする。

面倒くさそうにため息を吐き、しかしそちらへ向かって歩き始めるルイズ。

二人は難しそうな顔で何事か話しながらその場を去っていった。

 

シーン14「恩師と生徒」(PC1,PC3)

PC3がクルミへの授業を約束していた日。

PC3が図書室へ向かえば、そこにはクルミと話しているシヴュラの姿があった。

彼はPC3に気づくと片手を上げ、

「やあ、君の生徒を少し借りているよ」

「シヴュラ先生の生徒でもあるわよ?」

「おっと、確かにそうだね」

気の置けないといった調子で軽口を交わし、シヴュラは、

「彼女はここのOGだ、これは君も受けている講義で少し話したね。概念魔導研究科所属、というよりその年の主席卒業生」

「過去の栄光に縋るってやつだからやめてくれると嬉しいなあ」

ふわりとなんてことのないように笑い、しかしどこか翳りを見せるクルミ。

気づいたか、シヴュラもやや声を潜めて、

「それは済まない、君にしてみればひけらかすものではなかったね」

「そういうわけではないの、光栄な事ではあるし」

気を取り直したシヴュラはPC3へと続ける。

「かつての教え子が最近、学園の図書室を訪れているという話を聞いてね。しばらくぶりではあるから挨拶の一つくらいはしておこうと思った次第さ」

「……挨拶というのも正確ではなかったな。ああ、その……」

急に歯切れの悪くなったシヴュラはちらりとクルミへ目をやるが、クルミは「どうぞ、これも隠すことではないわ」と先を促す。

一つ息を吐いて、シヴュラは机の上の学習本を指しつつ、

「──君が研究職を離れたこと、そして比類なく天才であった君がその段階から学びなおしていること……やはり、原因は全て、五年前にあると思っていいのかな?」

「……先生なら占えば確証くらいすぐだと思ったのだけど」

「侮っちゃいけない、僕だって人の踏み込んではいけない部分くらいは理解している」

「そう……じゃあ、代わりにきちんとイエスを言っておくわね」

「なるほど……であれば、君の選択も相応に重かったんだろうね。僕からは激励くらいしか送れない」

そう言って立ち上がったシヴュラは、そっとPC3だけに聞こえるように呟く。

「何を言っているのか君には分からないかもしれないが……それでもクルミ君の過去を思えば、非常に勇気ある決断を彼女は為したのだと覚えて、尊重してあげてほしい」

そう言って彼が去ろうとしたとき、ミライと彼女が連れる形でPC1がやってくる。彼女らはドロシーに言われたようにクルミの情報を得るためにシヴュラを探しにきたのであり、PC1もそれは聞かされ、そして付き合わされていた。

「あ、シヴュラ先生! 探してました、クルミ・シャギクっていう方について聞きたいんですけど」

「クルミ君かい? そこにいるけど」

「え?」

ぺこりと頭を下げるクルミに、ぱあっと顔を輝かせてミライが駆け寄る。

首を軽くかしげ、「とりあえず僕は要らなそうかな」とシヴュラはその場を離れる。

ミライはクルミへと、

「クルミさんですね! 色々事情があって聞きたいことがありまして、ええと、話しづらいかもなんですけど」

対するクルミは何か察したように、

「もしかしてあなたも五年前の事故について?」

「あ、はい……」

「……こういうことって重なるものね」

独り言のように呟き、クルミはPC3へと向き直ってふわりと笑う。

「流石に今の先生であるあなたにも話しておかないとね、どうかしら? よければお家に招待したいのだけど」

 

シーン15「代替と落胆」(PC1,PC3)

学園の外に出て、クルミに案内される形で彼女の自宅へと向かう。

自宅まで来れば介助を断りつつ、慣れた調子で車椅子を転がしながらお茶を淹れ始める。

机にそれを置きながら、

「それで、前提は確認しておきたいのだけど。知りたいのは五年前のブラウニー研究所での事故なのよね? なぜそこを聞きたいかは……聞いても仕方ないからいいか」

少し挙動不審になりながら頷くミライを前に、クルミは引き出しから出した一枚のカードを差し出す。そこには『ブラウニー研究所 特異個体主任研究員 クルミ・シャギク』の文字があった。

主にPC3へと説明するように、

「ハーベスト卒業後の私はブラウニー研究所という研究所に入所したの。そこは概念魔導を基礎にして魔法学の研究を行っている場所だったのだけど……そこで私は一体のクリーチャーの研究を任された」

慌てたようにミライが、

「それ、まだ情報の秘匿が生きているとかなんとかって……」

「ええ。だから、こっそり、バレても問題にならない範囲でね?」

柔らかく、そしていたずらっぽく微笑みながらウインクし、クルミはなおも続ける。

「すごーく大雑把に言ってしまえば、そのクリーチャーの特異性は形のないもの──概念の交換にあったの。世の中にある概念を制限こそあっても交換ができる、そんな力を持っていた」

「PC3さんが読んでいた論文もその研究のときに書いたものよ。そのクリーチャーの交換できる概念の制限が気にかかって……その過程で『欲望』という概念の定量化ができるんじゃないかって」

「もう一人の研究員とも協力して、それなりに上手く研究は進んでいたのだけど……」

思わずといった調子でミライが、

「グレイ・エルトさんですか?」

「ええ……そうだけど」

驚いたように瞬きしたクルミは、すぐに納得したように、

「ああ、グレイの論文の方から読んだのかしら。彼、私の名前を挙げていたもの」

「あ、はい」

目を逸して返事するミライは気にかけず、

「じゃあ名前を出してしまいましょう。そうね、グレイと一緒にあの子を学ぶことはできていた。それこそ五年前の事故まではね──研究していたクリーチャーが制御を離れたの。原因は……繁殖期だったから、と踏んでいるけど。あの概念交換の連鎖は番が作れないが故の……いえ、今は関係ないわね」

「当時はひどい有様だった。その場にあるもの、それの持つ概念、それら全てが入れ替わって、ありえない性質を持つ。分かりやすくいくなら凍るように冷たい炎だったりね。ずっと海水が溢れ続けていたドアなんてものもあったかしら」

「その事故の中で……私の持つ『才能』とでもいうべきものが失われた。自分で言うのも面映いけど、まあ、研究に必要なセンスとか、多角的な考え方とか、とにかくそういったもの。それ全部が交換されてしまったの……グレイの持つ『才能』とね。彼の場合は失ったのは絵のそれよ、私が彼の才を、彼が私の才を得る、という形で交換されて……生き残れただけまだマシとも言えるかしら、でも当時の私はそうじゃなかった」

「自分の誇りとでもいうべきものを互いに失って──いいえ、そのときは直截に奪われた、なんて言い方までした。それをきっかけにして仲違い、残されたのは全部失くしたと思い込んだ私だけよ」

言って、クルミはちらりと本棚を見る。そこにはハーベスト図書館にも劣らない、多種多様な専門書が並んでいた。

「……今となってはあれも理解できる領域は一割にも満たないわ。一時期、というより最近まではそれが本当にショックで、ただ生きているだけ、みたいな状態だった。こちらに来たのも療養を兼ねて、母校の近く、空が綺麗なところでゆっくりしたらどうですか、なんて言われたから」

「……でも、ね。そしたら彼が──グレイがまた絵を描いているなんて話を聞くじゃない。以前の彼を、正確にはその才能をほぼそのまま持っているから分かるの。それは苦痛なんてものじゃない、以前届いたはずの領域に掠めることさえなく、ただ積み上げることしかできない……」

「──負けてられない、なんて高尚なものじゃないけど。でも、発破をかけられたようには気はしたわ。ちょっとは頑張ってみよう、なんてね。だから、ハーベストをもう一度訪ねたの」

そこまで言って彼女は一息吐き、そしてくすりと笑う。

「私が話せるのはこれくらい。何を聞きたかったのか、私は聞かないけど──参考になった?」

ミライはじっと考えたままで何も返さないため、PC達が何もない場合はここで話は終わる。

クルミの家を出た後も何事かミライは考えている様子だったが、やがて、

「……いや、やっぱりもう一人からも聞かないと……」

「PC3、だっけ? 連絡先、もらっててもいいかな。また呼ぶかもしれないからさ」

 

シーン16「ノロイとマジナイ」(全員)

「カース感染学応用論A」の時間。前回の課題を提出するところから講義が始まる。

アスタロトが、

「前回はクリーチャー学における『欲望』というものの定義について話した。今回は、カース感染によって増幅される欲望への、クリーチャーの働きかけを学んでいく」

「よりよく生きるための適応が欲望である、というのは前回話した通りだ。だが、際限なくそれらを増幅させると、逆に生存には向かない状態へと陥る。『力が欲しい』という欲が、増長が過ぎれば見境なしの戦闘狂に転じるように」

「生物にとってむやみな攻撃性の表れは、無駄に敵を増やすだけの、非常に利点の薄い行動だ。クリーチャーにおいてもこれは同じで、彼らにとっての『攻撃』はカース感染になる。際限ない欲望の増幅が、生存に向かなくなるというのはそういうわけだ」

「無論、積極的なカース感染を狙う例外──極端な例でいえば七つの大罪などだろう、そうしたクリーチャーもいる。だがそれは、そうした『攻撃』の意味を理解し、そしてそれによるメリットとデメリットを天秤にかけて採択できる知能、そして強さを持ち合わせた規格外のみが行う行為だ。本能で動くのが基本である一般のクリーチャーにおいてはこうしたことは考慮しなくていい」

「──ただ、近年ではそうした例外にあたる特異個体の確認例も増えてきている。別段、攻撃性が高いものを特異個体としているわけではない。カース感染を攻撃手段以外に用いるものもそう呼ばれる……本日の講義はそうした特異個体についてだ」

「まず理解しておくといい。これら特異個体は、単純な危険度ならともかく、その性質の歪さだけなら、かの七つの大罪にさえ並ぶ」

以降は研究の進展によって発覚したクリーチャー個体の性質を学ぶ授業となる。

 

シーン17「灰色と極彩色」(PC1,PC2)

PC2と一緒にPC1とミライはグレイを探す。

元より連絡手段を持っているわけではないため、手当り次第で探す他ない。そのはずだったが、街に出ようとしたところで校舎から出てきたグレイと出くわす。

「お? 予想外のところで……ってわけでもないか、元々ここの生徒だし」

「俺か? ちょいと呼び出し受けてな。現段階だと専門外だったから知り合いに投げたところだ」

「そんでそこの奴らは誰だ、ご同輩なんだろうが──ただたまたま会っただけってわけじゃあなさそうだな」

聞かれ、ミライはただ一言。

「五年前の事故について」

グレイは眉をひそめる。

「どこから、なんていうほど隠された一件でもないが──わざわざ尋ねるのも穏やかじゃないな」

「クルミさんから」

「……歩きながら話すか、わざわざ聞くやつもいないだろうし。ついてこい」

言葉通り、グレイは街の中を歩き始める。

「……ブラウニー研究所で俺たちがやっていた研究は、クリーチャーを用いた『概念交換』についてが主だった。文字通り、既存の概念どうしを交換するものだが、人に扱える技術に落とし込めば応用例は無限だ。発電システムなんかに流用すれば効率を跳ね上げることもできるだろう」

「単純な話、魔法省なんかからの期待も大きかったから──ま、度が過ぎたっていうのが真相だろうな。あの日、制御を離れて、あの場にあったあらゆる性質が跳ね回る地獄絵図の完成だ……そして、これくらいのことはもう聞いてんだろ。これ以上何を知りたい」

俯きながら、ゆっくりとミライは答える。

「……これを話してくれたクルミさん、喧嘩別れだって言ってましたけど、それだけじゃあの罪悪感みたいな目は納得いかないなって。喧嘩両成敗、じゃないけど、お互いに非があったならあんなに思いつめた顔しないから」

途端、グレイは苦い顔をする。

「思うに、あの子は単純に才能が交換された、くらいのことしか言ってないだろ。じゃあそこを詳らかにしてやろうじゃねえの」

「──あの子は、件のクリーチャーを研究するに当たって一つの魔道具を作った。魔導ヘビって言ってな、仕組みは省くがそのクリーチャーと会話できるようにする道具だった。そんなものがあるから、俺も思い上がった」

「事故のとき、あの子は怪我を負った。ただの怪我じゃない、脊髄損傷による半身不随──だが、治せると思った。概念交換によって……俺の持つ状態、そんな怪我なぞ負っていないそれと入れ替えることでな──魔導ヘビを使って件のクリーチャーにそう持ちかけた」

「習ったって話だから概念拡散度は知っているな? 『治療不可の傷』は概念拡散度で0.48、当然にこの交換は失敗した。失敗して……まるで違うものが中途半端に入れ替わった」

そこまで言ってグレイは肩をすくめる。

「稀代の天才からその才覚を全て奪った、これがその真相だ。何か役に立つかよ?」

ミライは尋ねる。

「あなたは、その後どうやって生きてきたんですか」

「──すげえこと聞くな」

くつりと笑い、そして皮肉たっぷりにグレイは告げる。

「そもそも初めはまともに思考できなかったさ。風景を見てもパースが掴めない、消失点を描けない、十字のアタリすらとれないと来たもんだ……俺が絵を描く上で当たり前に駆使していたものが、ことごとく抜け落ちた視界に頭が真っ白だった」

「ヤケクソで駄作を量産する裏で、罪滅ぼしみたいに概念拡散度なんてものの研究を完成させて、提唱もしてみた。欠片も償った気にはならなかったがね。当たり前か、これも借り物の才能で完成させたものだ」

「それでふと考えた。もう終わったことで、取り返しがつかないとしたら、俺にできることは何かって──考えた末に、絵を描く以外に能がないことに行き着いた。もうゼロどころかマイナスから再出発するしかなかったが……描き続ければどうにかなるだろってな」

グレイが足を止める。

いつの間にか一軒家の前であり、どうもグレイの住処はそこらしい。

「色彩には感情が乗る、意味が宿る。生まれつき、そんな意味を捉えるのが得意だった。だから、どれだけ描いても同じ意味だけを乗せ続けた──済まなかったってな」

その言葉を最後にして家に入るグレイは、とても追える雰囲気ではなかった。

 

シーン18「学園と裏側」(全員)

クルミとグレイの話を聞いて少し経ってから。

PC達はミライからの電話で呼び出される。

『クルミさんとグレイさんのことについて、ちょっと気になるとこがあって……』

呼び出されて集合すれば、まずミライは頭を下げる。

「ごめん! 呼び出した理由についてなんだけど、よければ私の自己満足の手伝いをしてほしいの! 一人じゃ手が足りなくて……」

「ブラウニー研究所について、だけど。ちょっと伝手を当たって詳しく調べたら、ここのとこの学園内での色々とかと重ねて気になるところがあって……確証が取れたわけじゃないから、裏付け取るための情報を集めてほしい。まだ私もよく分かってないところがあるから、ちゃんとまとめてから話すね」

情報収集フェイズ。

 

「情報1 学内の異常」

学内の人間間で人違いが多発している。

これは誰かと誰かを見間違えた、という域ではなく、相手を一方的に別な誰かだと思いこんで接するというものだ。否定されても冗談と捉えて頑なに信じようとはしない。

カースの影響も疑われたが、カース感染の形跡はなく、またしばらくすればこの症状もなくなってしまう。

取り立てて騒ぎになるほどではないが、ドロシーが幾人かに呼びかけて調査を進めているらしい。

 

「情報2 未知のクリーチャー」

黒き森にて、学園近辺では未確認だったクリーチャーが目撃された。

巨大な蝶のようなクリーチャーであり、現状では特徴が合致する既存のクリーチャーはないという。

目撃地点での調査が行われるも、発見はできておらず、今の所はこのクリーチャーの所在は不明である。

 

「情報3 専門家」

グレイが学内に呼び出しを受けた件について、彼は知り合いの専門家に任せたと言っていた。

何の専門家なのか、そもそも呼び出しを受けた理由は何か、などについては不明だが、グレイが学内にいたあの日以降でハーベストを訪れ、なおかつ専門といえるだけの知識を有した人間は限られる。

そうした人間の中に、『ヤルグ・トルア』の名前があった。

 

シーン19「追求と算段」(全員)

全ての情報をすり合わせ、ミライはきっぱりと告げる。

「──学内の異常は森に現れたっていうクリーチャー絡みで、グレイさんが呼ばれたのもそのクリーチャーについてで間違いないと思う……きっと、ブラウニー研究所で研究されていたクリーチャー」

「ヤルグさんを問い詰めに行こう。あんな依頼が来たのにも、理由がある」

ミライと共に街へ。

すると路地裏に何かの小さな機械を設置しているヤルグと出くわす。

「──おや、ミライさんとPC1さん。一緒にいるのは学生さんですか」

「これですか? 観測機器です。何を観測しているかは秘密ということで──それで、何か用かな」

端的に、ミライは告げる。

「ヴェクセルバルクについて」

途端、ヤルグの表情は険しいものに転じる。

「……どこで、それを──いや、いずれにせよここで話すことではない」

「私の自宅で、詳しい話を」

ヤルグの後についていく形で彼の家へ。

彼は義務のようにお茶を出し、

「……まず、何故その名前を」

「……正直、依頼を出された時点で少し変だな、とは思ってました。昔の部下のために……言ってしまえば面識もない、学生にわざわざこんなことを頼むのかって。それで、依頼に出たあの二人の共通点といえばあの事故で……今になってあの二人を会わせるように仕向けるなら、思い浮かぶのは……例のクリーチャーが、ヴェクセルバルクがもう一回現れた、とかかなって」

「……ハーベスト学内の事件と結びつけたか」

「人違い、ってヴェクセルバルクの概念交換によるものじゃないんですか?」

「──何故その名前を知っているのか、という点を答えてくれていないが、ひとまず置いておくとしよう」

ため息を吐き、ヤルグは立ち上がり、

「正確には概念交換そのものではないが……概ね正しい。ヴェクセルバルク──あのクリーチャーが再度発見されたことを受けて、私は先んじてかつてのメンバーであるクルミ君とグレイ君のチームで動こうとした。だが、クルミ君はグレイ君に、グレイ君はクルミ君に任せた方が、の一点張りでね、私は二人を合わせたチームで動きたいのに。何かの確執があるんだろうと踏んで、どうにか外部からそれを知る手立てがないかと思い、目をつけたのが君だ。ありがちな男女の恋物語にでも見せれば実情を隠せると思ったんだが──アテが外れたな」

言いながら机から取り出した紙束を机に滑らせる。

目を通せば、それはレポートだ。

 

「特異クリーチャー:ヴェクセルバルクについての報告」

現存個体は一体のみと思われる。

『概念交換』と称される能力が特徴であり、これは既存の概念2つを文字通りに入れ替える。「AとはBである」「CとはDである」を「AとはDである」「CとはBである」としてしまうのだ。

これは概念拡散度を一時的に上昇させ、曖昧になった概念に干渉する、という手順で完成される。この能力を有する生物は確認されている限りでこのクリーチャーのみである。

翅が星空のように、実体のない膜といくつもの輝きで成っているのも特徴。クリーチャー学における『心の夜空』に近しい存在と考えられており、機能については調査が必要。

 

「知った上で私を問い詰めに来たのだから、何か提案があると見たけども?」

試すように見るヤルグに対して、ミライはつと目を逸してPC達を見る。

「一応、取りたかった裏付けっていうのが今ので……それで、お願いしたい手伝いがこの先にもう一つ……五年前の事故の原因になったクリーチャー、ヴェクセルバルクを一緒に倒してほしい。じゃないと、グレイさんとクルミさんはあんな状態で、すれ違ったまま終わっちゃう……」

「あの二人がすれ違っている原因は五年前の事故、もっというならそのときに交換された二つの才能。これを元に戻すことができれば……」

「お節介だし、余計なお世話かもだけど、ありがた迷惑をみんなにも押し付けることになるけど、お願い!」

了承すれば、大きく息を吐いたミライがにこりと笑って「そういうわけです」とヤルグへ振り向く。

彼は頭を押さえながら、

「目的のために手段が利用されそうだな……ヴェクセルバルクの捕縛、詳細な研究によって概念交換をきちんと扱えるようになれば、二人を元に戻すことは可能かもしれません。いずれにせよ、あのクリーチャーをどうにかする術は必須ですが」

「……観測機器の設置も終わったところだ。手を貸すことにしよう、あるいはこちらが貸されるのかな?」

ヤルグの協力を得て、黒き森の捜索を行うことになる。

 

シーン20「蝶と星」(全員)

黒き森でのヴェクセルバルクの捜索。

PC達とミライで黒き森を当たり、ヤルグは観測機器から得たデータを元にしてヴェクセルバルクのいそうなポイントを携帯で伝える。

『設置した機器は概念拡散度の変化を感知するものだ。これによってヴェクセルバルクからの学園に対する干渉、その力の波を把握する』

『とはいえ非常に大雑把な方角しか探ることはできない──君たちにはそれを埋めてもらいたい』

彼に従う形で進む中で、ミライはその指示とは別の何かに惹かれるように歩いていく。

「……なんとなくこっちかなって感じがする──なんでだろう」

進んでいくとやがて羽ばたきのような音が聞こえる。

木々がざわめく向こうに、ゆっくりと巨大な翅で空気を撃つ、蝶とも鳥とも捉えがたい異形があった。翅に見えるそれが、よく見れば非実在の奇妙な膜なのが見てとれる。そこに輝く色も、また同じく。

携帯から声がする。

『ヴェクセルバルクを発見しましたね! 細心の注意を払うように、殺すことがあってはならない。研究ができなくなる、というだけではない。「死」という概念が交換されればどうしようもない……』

こちらに気づいたか、蝶──ヴェクセルバルクがぐるりと身体を回転させる。

声にならぬ声を上げ、獣の闘争心を向ける。

それに気圧される、とは違った様子で、ミライが呆然としていた。

「……これ、って」

そんな彼女など置き去りに、状況は推移する。

ぶわりと、蝶が夜空色に彩られた翅を広げた。

 

中間戦闘『無垢衣:ミクスアンミクス』ヴェクセルバルク

 

形成が不利と見たか、ヴェクセルバルクは大きく翅を広げ、飛び立とうとする。

だが、その直前だった。

地面に複雑な紋章が描かれ、そこから不可視の鎖が飛び出す。ヴェクセルバルクの脚へ絡みつき、その飛翔を封じる。

ゆっくりと姿を現したのはヤルグだ。

「そこまで弱れば捕縛にはさほど力を要さない。そもそも、そのために魔法を考案しなおした」

かろうじてといった調子で蠢く翅を問題としないように、彼はほうと息を吐く。

「捕縛のための部隊を要請した。しばらくすれば来てくれるだろう」

「……君たちにも感謝を。数年来の因縁にケリをつけることができた」

なおも違和感を覚えているかのようなミライはいるものの、もはや状況は終わっている。

やがて集まってきた何人もの人々が、慣れた手付きでヴェクセルバルクを無力化していく。

かつて一つの研究所を終わらせた、蝶の形をした災害は、こうして捕らえられた。

 

シーン21「災禍と転化」(マスターシーン)

全部終わっている。

状況は完了した。これを以て全部終わった。

過ぎ去って、変えようがないことはいくらでもある。

変化とはそうしたものだ。変わらないこととは変わり続けること。

だから、もう手遅れ。

 

──本当に?

 

頭の隅で聞き流すニュース番組、誰かは真面目に聞くかもしれないが、大半の人間には無関係なそれ。

キャスターは職務に従い、淡々と告げる。

『ブラウニー研究所の所長である、ブラウニー・ロアーさんが遺体で発見されました。この研究所は五年前にクリーチャー事故を起こしたことによって解体されていましたが、ブラウニー所長の行方が不明となっていました。発見された遺体は魔法で焼かれた痕跡があるものの、残留するマナの解析から死亡したのは一年以上前と発表されており、不可解な点が──』

魔導次元の一部では、ある観測所の上げた報告が動揺を巻き起こしていた。

『各地でのカース濃度の異常な上昇、クリーチャーの活性化の確認。自然現象とは考え難い』

『人為的な濃度上昇、魔界化とでも呼ぶべきか』

『──テロ行為の一環なのでは?』

何かが、確かに変わろうとしている。

 

シーン22「遅滞と覚知」(PC1)

PC1はいつものように授業を受け、いつものように過ごす。

代わり映えのしない日常かもしれない。それでも大事な日常だ。

事件から数日経った。漫然と過ごす日々は、異常がないことの証左でもあるだろう。

やはり、何もないとは正しい日常の在り方だ。

 

──本当に?

どうしようもない違和感が、胸中を埋める。

不安からか、弄んだ手が何かに触れた。引っ張り出す。

魔導カエルだ。誰からもらったものだったか。

そしてようやく気づいた。

春梅未来を最後に見たのはいつだ?

今まで、度々授業のときに見ていたように思っていて……そしてそのどれもが別人であるのに思い至る。

別人を知人と見間違える現象は、ついこの間知ったばかりだ。

何も、終わってなどいない。

 

シーン23「実態と失敗」(PC2)

PC2もいつも通りに過ごしていた。全部終わったからと、事態に一区切りがついた安心もあった。

そうして過ごす中で、一つのニュースが耳に入ったのは偶然に過ぎない。

それは学園のすぐ近くでのアマリリス部隊の拿捕というものだ。

新聞で見たそれには、部隊の一部の顔写真もあった。

PC2には関係のない事件だ。

 

──本当に?

ふと目に入った新聞の写真は、見覚えのある顔だ。

気づく。それはあの日、ヴェクセルバルクを確保しにきた部隊の一員だ。

あのときに駆けつけたのがアマリリスだというなら、あのクリーチャーは今どうなっている。

「……おい、聞きたいことがある」

いつもの軽薄さは鳴りを潜めた、灰色の名を関した男がやって来る。

何も、終わってなどいない。

 

シーン24「習熟と未完」(PC3)

PC3もいつも通りに過ごしていた。図書館で講義の復習をし、あるいは予習も進める。

定期的に行われるクルミとの勉強会もあり、これもまたいつも通りに過ごす。

 

──本当に?

響く誰かの声が、奇妙な感覚を取り除いていく。

「それで、クルミ君はどこに?」

シヴュラが尋ねてくる。

それでようやく思い出した。あの日以降、クルミとの勉強会において、彼女と直に話したことがあったか。

誰かと話したことはあっても、それがクルミであった確かな記憶はない。何もかも、曖昧だ。

何も、終わってなどいない。

 

シーン25「事件と再構築」(全員)

情報収集フェイズ。

それぞれの情報は特定のPCしか調べられない。

収集一周につき、最終戦闘での概念拡散度を1上昇させる。

 

「情報1-1 PC1の調べうる情報」

ミライは数日前から一切の学内の人物と会った形跡がない。

異常を知らせて彼女の寮室を調べたところ、手紙が一通見つかった。

表題は『君の両親について』であり、差出主は確認できない。

だが、その字はかつて少女が見せびらかしてきた手紙に似ている気もする。

 

「情報1-2 ミライの行方」

ミライの行方を追ったところ、黒き森に向かったそれらしき少女を確認した。

数日前の情報で確度に欠けるために、詳細な位置までは分からない。

黒き森に向かえるようになる。

 

「情報2-1 PC2の調べうる情報」

アマリリスの部隊は口々に『裏切られた』と口にしているらしい。

しかし雇い主については思い出せないかのような様子で、未だに情報を引き出せていない。

ただ、怪しむ点として、彼らを呼び出したヤルグだが、現在行方が分からなくなっている。

 

「情報2-2 ヤルグのレポート」

グレイと共にヤルグの家に踏み込み、レポートを一つ発見した。

以前見せられたヴェクセルバルクのレポートだが、そのときは見せられなかったものを見つける。

「特異クリーチャー:ヴェクセルバルクについての報告」

──翅に見られる『心の夜空』に似た現象について。

暫定で『心の星』と呼称されるこれは、ヴェクセルバルクが概念拡散度の上昇に用いるものだと考えられる。

ここは既存概念を「保管」する非実在の空間であり、保管された概念を基準値として概念交換に用いている。基準値が与えられない場合、概念拡散値の上昇に際限がなくなり、平たく言えば暴走することが考えられる。

 

「情報3-1 PC3の調べうる情報」

クルミの家を訪ねたところ、しばらくは誰も生活していた形跡が見当たらない。

また、家の中に荒らされた形跡もある。何かを探していた様子だが、何なのかは分からない。

居所についてはシヴュラが占ってみるとのこと。

 

「情報3-2 クルミの研究」

クルミのかつての研究と思しいものを発見した。

本筋の研究とは別らしく、詳しくは記されていない。

「クルミ・シャギクの考察」

ヴェクセルバルクの概念交換について、かのクリーチャーは何かを基準点として概念拡散値の上昇を行っていると思われる。

仮定として、この基準点に誤ったものを与える手法があった場合、悪用は容易であろう。

基準点を与える隙があるとすれば、それは概念交換を行おうという、まさにその瞬間だろうか。

まさしく、その基準点が浮上する瞬間なのだろうから。

 

シーン26「断絶と執行」(全員)

PC達の頭には、集めた情報を元にして思い当たることが複数あっただろう。

あの件に関わった同輩へと連絡をしようとしたかもしれない。

だが、連絡しようとして気付く。携帯の類が全て通じない。

妨害電波、なんて単語が頭をよぎる。

そして、そんなものがばらまかれた以上は、黒幕はもう動き出しているのだろうという推測も。

グレイはPC2へ、

「──動けるなら黒き森へ向かうぞ。企みの中核にヴェクセルバルクがあることは間違いないんだ……奴がいるならあそこだろう」

そして、どこからか取り出したヘビを模した装置を、その口で以て尾を噛ませて腕に嵌めた。

シヴュラはPC3へ、

「──参ったね。占ったけども位置が『曖昧』だ。隠しているとかならやりようもあったけど、位置を掴ませた上で詳細を詰められないというのがいやらしい」

「加えて言うなら周辺に七つの大罪、アスモデウスのカースを感知した。ただのブラフだと思うけど……これだと学長に応援要請なんかも望めないな」

「すぐにでも動こう、場所は黒き森の外れの方だ」

 

シーン27「代償と涙」(マスターシーン)

()内についてはミライの持つ魔導カエルを通じてPC1への描写

(位置も分からぬ少女を、あなたは必死で探す。その過程、まさしくその少女から受け取った掌のカエルから声が漏れ聞こえた。)

「……観測機器に見せかけた電波妨害機の発信を確認。結界の状態も良好か」

端末片手に呟く男を、ミライは愕然と見つめる。

視線を横にずらせば、クルミ・シャギクという見知った女性もいた。

二人ともに枷の類をされているわけではない。だが、状況の異常さが足を留めさせている。

男──ヤルグ・トルアの背後には巨大な蝶の姿。ヴェクセルバルクだ。

ミライからすれば、彼に呼び出されて出向いてみれば、不意に意識が暗転し、気づけばこんな状態だ。

「何……ここ」

呟きに気づいたように、ヤルグはこちらへ目をやる。

「起きたようで何より。君たちの存在そのものを曖昧にするという手法をとったものでね、周囲の人間に誘拐の発覚を遅らせられたのはいいんだが、戻せなかったらどうしようとひやひやしていた」

自分の存在そのものが揺らいでいたことにぞっとするも、それどころではない。

「これは……何、何がしたいの!?」

叫ぶミライと対称的に、クルミの声は冷静かつ冷ややかだった。

「──最初からこの状況を狙っていたわね。ミライさんを私にどうにかして接触させて」

ヤルグは肩をすくめる。

「正確には君たちとグレイ君の三人だったんだがね。可能性があるのはその三人だったから」

(聞こえる声は不安定だ。だが、駆ける方向に応じてその強弱が変わることに気付く。間違いなく、この声が強まる方に少女はいる。)

ヤルグの言葉に、クルミも疑問だったらしい。

「……なぜ?」

「……五年前の事件だが、あれはヴェクセルバルクがこちらの制御を離れ、概念交換を多用した結果で起きた事故だ」

答えず、ヤルグは背後の蝶を見やる。

「では何故、このクリーチャーはそんなことを引き起こしたのか。それを考え、突き詰め、一つの結論に至った……生物の根源的義務の一環だよ。子孫を残すためだ──だが、ヴェクセルバルクは一個体のみしかいない。番がないのにどうやってそれを残すか……答えこそが概念交換だ」

かつかつと歩きながら刻むように言葉が紡がれる。

「このクリーチャーは『子』という概念を別な生物に植え込むことで子とする。単一で種として確立されていたタネがこれだ──そして、五年前はそんな繁殖期というべき時期だったのだろう。その時点ではそんなことを知る術はなかったが、暴走を誘発した側だからこの事実には気付けたよ」

「……なんですって?」

クルミが呆然とする。

「あなたが、あの事故の、黒幕?」

「そうだよ」

何のためらいもなしに、ヤルグは頷く。

「あそこで全て終わらせられるかとも思ったのだが、思いの外うまくいかないものだ。おかげで五年を遠回りすることになってしまった」

まるで美味しく淹れるのに失敗した紅茶を反省するように、実に気楽に語る。

呆然とするクルミを横に、ミライは再度問う。

「あなたは、何をしたいの」

「やりたいことそれ自体は何もかもを壊すという一点に尽きるのだが……手法の話をしたいのだろうね」

無感情にヤルグは視線を向ける。

「君の両親に関わることだよ」

「……え」

「手紙でもそう書いたから、きちんと教えておこう。春梅というのは母親の旧姓だね、君の元の名字はミューン……ミライ・ミューンが元の名であり、父の名はハウザー・ミューン。かつてのブラウニー研究所の研究員だ」

「なんで、それ」

「姓が変わっているからたどり着くには苦労した」

ヤルグは肩をすくめる。

(明かされる事実はある程度は衝撃かもしれない。それでも構う暇があるだろうか。ただ、声の強まる方へ進む。)

「私が求めたのは子としての概念交換が行われたモノだ。あの場にあった何かを、こいつは子としたはずだ。だが、思うにそれはヴェクセルバルクの求めた子ではなかった。だからこそそこら中にあるものを交換し続け、元に戻そうとしたんだ」

かつ、と足音が止まった。

「だから近くにその誤った子を寄せてやれば、擬似的に五年前を再現できる。確実に概念交換を頻発できる──子は、君だ」

ミライの前で、止まる。

「概念交換を利用する術は別にそれに限ったことではなかった。クルミくんの魔導ヘビ、それによっての個体干渉も有効だろう。現に、グレイくんはそれによって五年前の事件を収束させている。だから私がやるべきは決まっていた。必須条件はヴェクセルバルクとの接触、こちらは目撃情報があったことで目処が立った。どちらかを取ればよかったのは魔導ヘビの入手、そしてヴェクセルバルクの『子』の入手。クルミくんが魔導ヘビを持っていなかったため、必然的に後者を為す必要があり──そして、その『子』は君だ、ミライ・ミューン」

「ち、が」

「両親が離婚しているな、事情についても把握している。父親が、君のことを実の子と思えなくなったと──ヴェクセルバルクによる埋め込みがあったものと推察した。まず間違いなく五年前の事件をきっかけとしてね」

何のこともなしに、淡々と、

「だからこその代償行為なのだろう、両親には見ることのなかった愛だの好意だのといったものを他者に求める」

「ちがう……」

「ほぼ確信ではあったが、ヴェクセルバルクとの接触において何か反応を見せるかと思って……君の反応で確定した。魔導ヘビの確保までできれば完璧だったが……アテが外れたな、全く」

もうミライに用はないとばかりに振る舞うヤルグだが、少女は一人小さく呟く。

「……ちがう」

「? 何が」

「わたしがみたいのは、もっときらきらしたものだもの」

反論すべきはそこでないと分かりながら、涙と一緒に紡がれる言葉が止まらない。

反論は、単純だ。

「違わない。さっき述べたように、君の行動は代償行為以外の何物でもない。自分の家族では満たせなかったものを他者に求め──違うな、それを他者に与える立場に立つことで満足を得ている、ある種の傲慢だ。天使を名乗るところなど増長の証左だろう」

「ち、が」

否定が弱々しい。

涙と一緒に溢れる言葉は止まらないのに、明確な否を返せない。

なぜ、こうなのだろう。

誰も自分を、肯定してくれないのだろう。

(ステンドグラスが目の前だ。教会、その眼前で止まる。魔導カエルから届く声は最大限だ。飛び込め、少女に対して否を突きつける黒幕へと、その刃を振り向けるべく。)

(さあ、ぶち破れ)

 

PC1が飛び込むとヤルグは素直な驚きの表情を見せる。

「……驚いたな。位置情報も操作して正確には掴めないようにしていたんだが。どうやって辿った?」

「魔導カエル、か。それも単一接続のみかつ近距離限定──単純な仕組みだからこそこちらの妨害を抜けたか? 想定していなかったな……」

「結界が砕けてしまった。これは他も介入してくるか?」

 

シーン28「変化と理解」(全員)

森の中、PC2は巨大な何かが粉々に砕け散るような音を聞く。

グレイもそれは同じだったようで、

「聞いたな? どこかの誰かが上手くやったみたいだが──向こうの位置を誤魔化していた何かが消えたらしい」

「たどるぞ、この先に奴がいる」

同じ音はPC3も聞く。

シヴュラは、

「なるほど──この場所は、件の事件と同じ場所か。道理でアスモデウスのカースなんてものが検知されたわけだ」

「ようやく位置が掴めた。さあ、向かおう。決着の時間だ」

教会にてPC達とグレイ・シヴュラは合流する。

グレイはクルミにちらりと目をやるも、特に何をいうことはなく、険しい目でヤルグを睨む。

ヤルグに動じた様子はない。

「……困った。とっくに計画は滅茶苦茶だ。仕切り直しはきくものかな」

「──いや、やるしかないんだが」

言って、その爪先がかつりと地面を叩く。

直後、世界が軋む感覚とシヴュラの心底からの焦りが覗く声が同時だった。

「『ディバイン・プロヴィデンス(森羅万象の深理)』!」

ヤルグを中心にして広がろうとした歪なナニカ、それがシヴュラによって食い止められた。そう感じる。

しかし、当のシヴュラは顔色悪く膝を着く。

「なるほど、出力ではなく相性の問題だね──概念干渉の魔法に対して拡散度を直接弄るそのクリーチャーはあまりに天敵だ」

「次元全土に及ぶ改変を一人で止めて何を言うやら。時間の問題ではありそうだが」

シヴュラはなおも苦しそうな声で、

「PC3くん達……信じられない話だが、この場におけるマナのバランスが崩れている。既存の六大属性マナ、それが全てカースに置き換わろうとしている。それらの境界が曖昧になろうとしているんだ……それも、止めていないことには魔導次元全土で同じ現象が起こるだろう」

「御名答だ。マナバランスの崩壊だけが問題でもない、各種クリーチャーの活発化もある上、そもそもが魔界と同じ環境に塗り替わることにほとんどの人間は耐えられない。当たり前に世界は滅びるだろう」

自分さえ顧みない計画を堂々と明かし、ヤルグは淡々と続ける。

「──ずっと気持ちが悪かった。変化せざるを得ない世界、何も残らぬ世界。うんざりだ、それを進化だなんだと持て囃し、忘れた全てに蓋をする。多様だ、多彩だと言ったところで、我々が根本的に違う存在だという事実から目を背ける言い訳とそれは何が違う?」

「取り繕うのも誤魔化すのも生き方ではあるだろうが、私には受け入れ難かった。そうだ、多様性だのという戯言を抜かすなら──この世界は、その在り方そのものを脅かす私のような生き方とて許容するべきだろう」

言うだけ言って、ヤルグは冷めた目でPC達を見やる。

「私の動機はこんなものだ。理解など求めない。止めたいなら好きにすればいいだろう。無論、こちらも全力で妨害に回るが」

その身体からは、呪いそのものというべき力が溢れようとしている。

救えないものをちらと一瞥し、グレイはPC達へ、

「──そっちであのイカれた野郎をどうにかできるか。こっちはこっちでやれることをやろう」

「……捨てられずにとっておいたのも無駄じゃなかったな」

言って、懐から取り出したものをぱちりと手首に嵌める。それは尾を噛んだヘビを象ったブレスレット。

ひらりと手を振り、一度だけ囚われた女性に目をやり、すぐに視線を切って、グレイは蝶のクリーチャーの方へと向かう。

ヤルグは裁きでも下そうかというように、片手を上げる。

「変化は劇的だ、そして劇薬だ。絶えず変わり続ける中で、残るものは何もない。私達の終着点は必ず虚無だ」

ごぼり、と泡立つような音がして、ヤルグの身体のあちこちが膨れる、歪む、弾ける。

「だからいつだって世界は空っぽだ! 願った昨日は何も変わらず、祈った明日は何も起こらない。向かい合って分かるものは何も無く、共感はいつだってかけ違いばかりだ! 一つになって変えようなんて生温いことは言わない、境界も、障害も、情も愛も、何もかも! ──溶かして一つへ壊れてしまおう」

壊すことしか才を見出さなかった男は、初めて心からの笑みを見せ、PC達へ告げる。

「それだけが私にできることだ。この身で与えうる唯一の変化だ。安心したまえよ──何も、変わりはしないさ」

人とも、獣ともとれない異形が立つ。

シルエットこそヒトガタであっても、鱗に似た構造が男の身体、その各所を覆っている。それらがやがて灰と流れて消えたかと思えば、人のそれである肌が現れ、かと思えばまたあぶくと膨れて弾け、鱗に塗り替わる。

全身、各所でそんなことが起きている男は、輪郭が朧な、怪物と呼んで差し支えない外見と化していた。

気に留めた様子もなく、否、気に留めた上でどうでもいいとばかりに、ただ笑みだけを宙に溶かして宣言する。

「これを拒むというなら──ただ、原初の理解によって語り合おうじゃないか。我々が生物である以上は捨てられない獣性……理解を拒んだ果て、無理解という知り方……! 排斥のための戦いだけが今の我々の言葉だ!」

 

最終戦闘『虚色境界:ボーダーゼロ』ヤルグ・トルア

Google Docs

概念拡散度Ⅲのとき

「描く理想は儚く潰えよ、翳す思考は醜く落ちよ。棺が溶けども埋める場は無く、有史よりの当然を引きずり告げよ──形而上に死せ月夜」

ボーダーゼロ発動のとき

「朧に朽ちて境は虚言、諸共に死して理解は放言。紡げど紡げど積むが無形なら、我らの隔たりに価値は無し。変わらぬ世界に句を一つ。【虚色境界:ボーダーゼロ】」

パニッシュメント発動時

「終節を紡げど終わらず、断絶を語れど断てず。であれば委ねよ非実在、失楽なければそこに在れ。好きに見下せ、そして告げよ歪の在処。此は矮小にして極大、我らへ下される最後の審判なり──『パニッシュメント(神の最終審判)』」

 

全てが終わり、その躯体が崩れ落ちる。その寸前、

「──五年をかけた、と言っただろうに」

みしりと世界が軋んだ。

「──さあ塗り替えろ、『ディバイン・プロヴィデンス(森羅万象の深理)』」

ヴェクセルバルクの全身が、妖しく輝いた。

薄い笑みを浮かべ、意識を落とす寸前、

「……100%の確度が80%に落ちるだけだ。これでも私は問題ない」

それだけ呟いて、今度こそヤルグは気を失う。

グレイの舌打ちが聞こえる。

「──こいつ、概念交換での書き換えを諦めたな。大魔法を使って『心の星』にバグの値を直接叩き込みやがった!」

「……だが20%は付け込む隙があるか、最初からこの手を使わなかった以上は確証はなかったんだろう」

彼はくるりと振り返り、やや躊躇いを見せてから、

「クルミ、『心の星』へのアクセスを試みる。そっちの魔法でどうにかできるか」

少し驚いた様子のクルミは、しかし真剣な眼差しに切り替わり、

「……概念交換を行っている最中なら『心の星』の中の概念は表層化しているはず。多分、存在する領域として大魔法で飛べる」

「オーケイ」

笑みを零し、PC達へ、

「策を仕込んでおいた、いけるかお前ら」

「よし、化け物の腹の中に潜るとしようか」

シヴュラが一つ頷き、

「こちらは、もう少し押さえておこう。手早くね」

ミライもPC1の腕を掴むようにして言う。

「……私も。私も行く。きっとできることがある、まだやれることがある」

止めても彼女の意思は固く、どうしてもついていこうとする。

クルミは取り出した万年筆を地面に突き刺す。

「『アスタリスク(小さな星)』!」

途端、真っ白な光がその場にいる全員を包む。

光が収まったときは、シヴュラとヤルグのみがヴェクセルバルクの前に残されていた。

 

シーン29「星と色彩」(全員)

投げ出されたのは満点の星空だ。虚像の空、非実在の実在。

不安定に瞬く星々を背景に、グレイが手首のリングへ叫ぶ。

「やれ、代償なら言った通りにくれてやる──ここでじゃないと意味はない!」

直後、全員の視界が塗り替わる。瞬く星々の意味を、色から読み取れる。それは、かのクリーチャーが保存し続けた、世界を彩る概念、そしてそこに乗る数多の意思、感情。

グレイは続けざまに、

「『グラフィティ・ワールド(新世界への扉)』……そら、テメエらの色をよこせ! 変わらないもの、信じたいもの、なんでもいい! 強い感情はそのまま強い色になる──俺の目をくれてやった今なら色の持つ感情が分かるだろ!」

「その気持ち、全部この空に塗りたくってやれ! 不安定な概念を打ち込まれてぐらついてるこの空を、それでもって立て直す!」

そして魔法の杖のごとく、各々の手に絵筆が現れる。

PC達はその絵筆によって、自分の心象を空に表すことができる。

ミライもまた、覚悟を決めた面持ちでPC1の手を握り、自分の筆を取る。

「──やろう、PC1。私が求めたのは確かに、私がもらえなかったものの代わりかもしれないけど……それでも、その行為そのものを否定なんかさせない!」

「私が見たいのは、あんな奴には分からない、もっと輝く何かなんだから!」

各々の色が、不自然な空を、彩っていく。

みしりと、奇怪な音が響いたのは暖かな色が空を埋め尽くそうかというとき。

「──あー、全く。落ち着いたらそりゃあ空は非実在に戻るよなあ」

疲れたように呟くグレイも、既に息も絶え絶えといった様子のクルミも頼るには厳しい。

だから、軽やかに笑うのは少女だ。

「……うん、こんな事態だけどなんか楽しかったって思っちゃうな、不謹慎かもだけど」

「じゃあ帰ろうか!」

白い紋章が、彼女の持つハートのネックレスに瞬いた。

「『アスタリスク(小さな星)』!」

文字通りの小さな星を最後の輝きとして非実在の空に残し、また、光る。

 

シーン30「占い師と明日」(マスターシーン)

ぎしりと、あまりに重い何かが軋むような音に、シヴュラは目をやった。

ゆっくりと、ヤルグ・トルアが身を起こしている。うっすらと開く目で、自身に施された魔法の拘束を確認し、肩をすくめる。

「──彼らは?」

「君の最後の仕掛けを壊しに」

端的な回答に、しかしヤルグはヴェクセルバルクをちらりと見やって、その翼にぽつぽつと増える光点──新たな星で全て察したらしい。

「なるほど、正常な値を参照させようと……諦めの悪い」

「諦めてくれた方がよかったと?」

お返しのような問いかけに、ややあってからヤルグはゆるりと首を振る。

「さあ、分かりませんね。私は、正直言ってこの破壊にも意味を見出していなかった。どうせ元に戻ると思っていたのだから──予想の通りだったとしか。やはり、何も変わらないのだと」

「……何も変わらない、か」

ぽつりと呟くシヴュラに、ヤルグはどろりとした視線を向けた。

「疑念でならないのは、むしろ貴方の方だ。未来が見えるのなら、シヴュラ先生、貴方が一番分かっているはずだ。明日も明後日も、きっと自分が死ぬ時まで『何かが起こる』なんてことはない。そこに至るまでは当然の変化が積み重なるだけで、終着点は何も残らない無だ。未来に、価値なんてものはない。定まった、自分で占った以上のことは何も起こらない未来を生きる貴方には、ずっとそんな結論が突きつけられているはずなのに──」

「……教師としてそこを教えられなかったのはこちらの落ち度だね。君が言う通りの点もいくらかはある。知っての通り、僕の占いは100%当たるからね。占った以上のことは何も起こり得ない」

「だったら──」

「しかし、そんなものは占った範囲だけでのことだ」

「は?」

怪物と化した顔を怪訝に歪め、理解に苦しむといった表情のヤルグへ、シヴュラは薄く笑う。

「君の考えの根本にある間違いは、その『当然の変化』とやらを個人でしか捉えなかったことだ。人間とは社会的動物だ。個人で成した変化は、それは確かに単独では無に等しいものだろうが──人間という種は、そんな個人の積み上げた変化を撚り合わせて歴史を紡いできた。その過程には数多の不理解が、衝突があっただろうが──それでも、たとえ分からずとも歩み寄ろうとした、偉大な先達の轍を伸ばしていくのが、僕たちの歩いていく、そして君の言う『未来』という奴だ。僕が占えるのなんて、そんな轍の数ミリにも満たない範囲だよ。それが見えたから何だっていうんだい、そこ以外に僕の目の届かない、別な誰かが懸命に伸ばそうとする轍があるのに」

それでもヤルグの顔に納得の色はない。

「……歩み寄ろうとする、それだけで本当に、その『変化』とやらが人類規模で積み上がるとでも?」

「さてね」

シヴュラは、やはり笑ったままで肩をすくめた。

「分かりはしないが、でもそう信じるしかないだろう? 君の言ったように、向き合って分かるものなど何もない。他人どころか自分でさえ完全な理解など叶わないのだから。ならせめて、向き合うのじゃなくて同じ方向を向けるようにする方が建設的じゃないか」

そして、なおも沈黙したままのヴェクセルバルクへと視線をやる。

「そろそろかな。君が成そうとした変化を真っ向から否定し──彼らの生きやすい明日を選んだ、実に人間らしく傲慢な──」

ふっ、と唇が緩んだ。

「実に、賢明な、誇るべき生徒たちだ」

真っ白な光が、地面に紋章を描き、そして中央にさらに強い光を生んだ。

 

シーン31「お終いと始まり」(全員)

光が晴れ、眼前には元通りの光景が広がっている。

魔法で拘束されている様子のヤルグは抵抗の様子を見せない。

シヴュラが代わりと言わんばかりにPC達を迎え入れる。

「お疲れ様、万事が無事であったようで何よりだ」

「電波が通じるようになってね。そのうち学園の方からも、魔法省の方からも捕縛隊が来るだろう」

「改めてお疲れ様、と言っておこう。よくやったよ、君たちは」

グレイはぼんやりと教会のステンドガラスを眺める。

「……慣れるには時間がかかるなあ、こりゃ」

クルミは疲れ切った顔でそちらを見やるが、何も言わずにふっと微笑んだ。

ミライはぼうっとヴェクセルバルクを見つめる。

「……ねえ、もしかして、さ」

何事か言いかけて、しかしぶんぶんと首を振る。

蝶は、当然に何を答えるでもなく、ばさりと翼を広げる。飛び立つクリーチャーを止めようとする者は、PC以外ではいない。

止めようとしないのであればヴェクセルバルクは何処かへ飛び去っていく。鱗粉が、光を反射して祝福のように舞った。

 

シーン32「蝶と灰色」(マスターシーン)

そこは、非実在の領域。かつての賢者、今の愚者がとある怪物と邂逅した場所。

声は問う。

本当にいいのか、と。

「しつこいな」

応じる男はからりと笑った。

「よくはないさ。でもまあ、こっちのこれは正直言って自業だ。あの子にまでそれを押し付けるのは悪いかもだが……それでも、この決断にとやかく言う子でもないさ」

失ったものを戻せるのに、と。

これではこちらの望みが叶っただけだ、と。

「ならよかっただろ。俺もお前も、本来ならあの女の子に死ぬほど謝るべきなんだぜ。小心者だからこれでなあなあにして流そうとしてるけど」

声は言う。

このままでは貴方の幸せはない、と。

自らの至福を手放すその行為に納得がいかない、と。

だが、男は笑う。

「──戻せないのが正しい形だ。それに、俺たちの方にあれこれやろうとすれば、同時期の交換だった女の子の方にも影響が出るだろ。いいんだよ、これで。今日失ったものについては、俺への戒めだ。変わりに変わった形だけど、あの野郎が言うように全部消えたわけじゃない──なあ、ちゃんと聞いておきたいんだが」

一呼吸。

「わざわざハーベストにちょっかいかけようとしたのは、やっぱりあの子に返したかったからか?」

やはり、一呼吸。

贖罪と思いたい何か、ただのエゴだ、と。

聞こえた声に、男は薄く笑った。

「なんだ」

案外似た者同士だったんだな、俺たち。

空に溶けるような言葉を最後に。

世界一幸福な賢者は、それきり怪物との対話を終わらせた。

尾を喰む蛇を手に、色のないステンドグラスを見上げる。

「──さあて、描くかあ」

口笛を吹いて、彼は踵を返した。

光の粉は、まだ宙を舞っている。

 

シーン33「クルミとPC3」(PC3)

クルミとのエンディングを想定。

知識が戻ったわけではないので、個人授業はまだ続く。

 

シーン34「グレイとPC2」(PC2)

グレイとのエンディングを想定。

色を失った世界を、彼はモノクロのままで描き続けている。

 

シーン35「ミライとPC1」(PC1)

ミライとのエンディングを想定。

何か契機があったか、彼女の両親はまた歩み寄ろうとしている。

 

エンディング「ヒトとソラ」(マスターシーン)

少女は一人、朝日に照らされて身を起こす。

カーテンの閉め方が甘かっただろうか、窓から差し込んで眠い目をこする自分を照らす太陽は、しかし不快ではなかった。

いっそ、とカーテンを全開にする。薄暗がりに慣れていた目を日光が焼いて、すぐに順応した。

青い、青い、空だ。

今日も、いいや、昨日も明日とて、この青の下で誰かが誰かに恋したり、愛を誓ったりするのだろう。

今の少女には、近くて遠い感情。

胸中に燻るそれをそっと抱き、彼女はただ空を眺める。

 

青年は一人、画板に向かって筆を走らす。

ふと視界を彩るあまりに少ない差異、影が作る線が移動したのに気づいて顔を上げた。

白い曖昧、山の稜線から太陽が昇ってきていた。

そのまま視線を上げて、ゆっくりと空を見る。

風に雲は流れ、散乱する光は、青色に人の手では描き得ないグラデーションを、無限の変化を伴って生み出し続けているのだろう。

世界は、なおも変わり続ける。

己が名前と同じ色に染まった世界でも、それは同じこと。

かつて取り落した絵筆を、今度は丁寧に置きながら、彼はただ空を眺める。

 

女性は一人、鏡と睨み合っている。

大事なある人とのお出かけだ。向こうがその気かは知らないが、少なくともおめかしするつもりではあった。

おしゃれに気を遣ったことのなかった自分に嘆息しながら、車輪を転がして窓際に移動する。

空がよく見えるところがいい、という要望で住み始めた家から覗く朝は、いつも通りに気持ちを和らげてくれた。

そうだ、この空はいつも通りだった。

自分が何を失くしたときであっても、何が変わったときであっても。

今日も、そうであってくれるだろうか。

もう一度歩き始められる未来を祈り、彼女はただ空を眺める。

 

男は何をするでもない。

鉄格子越しの朝の空にしても、元々その独房では他に見るものもないから、なんて理由で見ていただけに過ぎない。

だから、何を思うでもない。

彼はただ空を眺める。

 

数多、分かち得ぬ価値を、傷を、色を持って、それでも同じ空の下で。

一人か、二人か、あるいは全員か。

口元をほころばせながら、誰ともなしに呟いた。

「今日も、綺麗な世界だ」

この記事を書いた人

予想以上に沼が深くて入り浸っている人
シナリオたくさん書きたい

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